人魚のいた朝に

「どうやった?」

静かな夏休みの図書室で、自作の詩を読み上げた初空が身を乗り出すように僕を見た。

「どうって、良いと思うけど」

「良いと思うって、もっと具体的な感想はないわけ?」

「具体的って言われても」

「今までで一番の力作なのに」

「だから、一番良かったよ」

開いていた参考書から視線を上げて、正面に座る彼女を見る。
その表情は、まだどこか不満そうだ。

「青一って、いつも適当」

「適当じゃないよ」

「だって、良かったしか言わへん」

「本当に良かったんだから、仕方ないだろ?」

「そうかもしれへんけど、もっとこう、どこが感動したとか、せつなかったとか・・・色々あるでしょう?言葉って」

出会った頃から変わらない大きな瞳は、綺麗に塗られたマスカラのせいでよりその存在感を強くする。

高校三年の夏休みを迎えた僕らは、あの頃と変わらないようで、少しずつ変化をしていた。
例えば、僕の身長がこの三年間で十五センチも伸びたり、声だって中学の頃よりも明らかに低くなった。ストレートだった初空の髪は、いつの頃からか緩やかに巻かれるようになって、先生に怒られない程度に化粧もするようになった。
もともと、高校自体がそこまで多くない地域だから、中学の同級生のほとんどが同じ高校に進学して、友達はあの頃と変わらない面子だけれど、それでも新しい友達は僕にも初空にも増えた。

そんな変化の中で、前ほどは初空と二人で居られなくなった。
女子と男子の境界線が、中学までよりも浮き彫りになって、男女が二人でいることが特別なものとして見られるようになったせいで、なんとなく二人で過ごすことに躊躇するようになってしまったのだ。
だから学校に居る時はこうして、人目につかない場所で過ごすことが多かった。
自らが望まなくても、変化は一方的に僕らを攫う。
変わらなくていいことばかり、勝手に変わっていく世界。
本当に変化して欲しいことは、どれだけ願っても叶わないのに。

初空は、相変わらず歩くことが出来ないでいる。

「僕は初空みたいに、上手く言葉を操れないから」

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