人魚のいた朝に
「うん。羨ましいし、好きだなって思う」
車椅子の前にしゃがんで、その顔を覗き込むと、初空の真っ白な頬が赤く染まった。
「青一は、いちいち大袈裟」
「そうかな?」
「そうよ。腹立つわ」
「じゃあ、お詫びに海まで連れて行こうか?」
「・・・ええの?」
「もちろん」
そう言って、初空に背中を向けると、その手が僕の肩を掴んだ。
「うち、最近太ったかも」
「平気だよ」
「大丈夫?」
「大丈夫。この為に帰って来たんだから」
初空の体重の全てをこの背中に感じる瞬間、僕は少しの幸福を得る。
彼女の為に、何かが出来ているみたいで嬉しくなる。
こんな気持ちを初空が知ったら、きっと大きな声を出して笑うだろう。
だからまだこの気持ちは、自分の中に隠しておこう。
「あおい」
「ん?」
「・・・おかえり」
この先も、何年何十年経っても、こうして彼女と一緒に若狭の美しい海を見るのだろう。
「ただいま、そら」
あの頃の僕は、そんな未来ばかりを夢見ていた。