人魚のいた朝に

格好つけることも、嘘を吐くことも出来ない。
ただ真っ直ぐに、正直な想いのままで立つことしか出来ない。
この恋が運命でなかったら、他の何に意味があると言うのだろう。

「大学の中も案内するよ」

「ええの!?」

「うん。大丈夫」

目を輝かせる初空の右手に、自分の左手を重ねて、その体温に頬を寄せた。

「ありがとう、青一」

「僕に出来ることは、なんでもするよ」

「うん・・・だから、ありがとう」

そう言った初空の眉が一瞬だけ、悲しそうに歪んで見えた。

僕はそれを、気のせいだと思うことにした。



「今通ったのが付属の大学病院で、その奥に見えたのが薬学部のある北館。で、僕がいつも居るのは、この先にある南館」

「南館」

「そう。南館は全て医学部で、隣には研究棟も建っているんだ」

緩やかな坂を、初空を乗せた車椅子を押しながら進む。
日曜日の今日は、学生とすれ違うことも少ない。

「そこで青一も研究に参加しとるの?」

「うん。まだ何も出来ないけどね」

「それでも充分凄いよ」

「・・・ありがとう」

彼女に褒められると、背中の上の方がくすぐったい気持ちになる。

「でも、これだけ広いと迷いそう」

背中を逸らしながら、車椅子を押す僕を見上げた初空の言葉に、つい笑いそうになる。

「うん。今でも時々迷いかけるよ」

「本当に?」

「本当。きっと初空も、すぐに迷子になる」

「やめてよー。うちだってもう、子供じゃないから」

「ははっ、それもそうだね」

「もう二十三歳だから、立派な大人の女よ?」

「初空が?」

「何?文句あるの?」

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