オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき


「あれ? 加賀谷さん、もうあがれるんですか? 珍しいっすね」

加賀谷さんが、パソコンの電源を落としてデスクの上を整理し出した様子を見て、麻田くん言う。

加賀谷さんは「これから尾崎のとこ行かないとなんだ」と、眉を寄せ微笑んだ。

定時を三十分ほどすぎた、十八時。
ノー残業デーとされている水曜日以外、この時間に帰る社員はほぼいないため、フロアにはパソコンを叩く音や印刷機の音が響いていた。

「あー……そうなんですね。面倒くさそ……じゃなくて、お疲れ様です!」

尾崎さんというのは、夏ごろ中途入社してきた新人だ。

二十四歳の女性で、高学歴という点からか上からの期待が大きかった。

そのせいで……というわけでもないのかもしれないけれど、〝仕事は誰よりできるけれど厳しい〟と有名な社員をコーチャーにされ、それから三ヶ月したところで出社できない精神状況になってしまった。

病院で診察された結果、うつ病の一歩手前という診断書が出され、それ以来尾崎さんの姿を会社で見ない。

詳しくは聞いていないけれど、有給や特休を使い終わってからは休職扱いになっているらしい。
コーチャーを指名したのは多田部長で、度々、尾崎さんから〝ツラい〟と相談も受けていたって話なのに、なにも対策をとらなかった結果がこれだ。

立場上、多田部長は一ヵ月に数回、尾崎さんと話をしに行っているのだけれど、女性のひとり暮らしということを配慮して、毎回加賀谷さんを連れて行くのが恒例となっていた。

ちなみに、コーチャーを任せられていた社員は先月の内示で異動になっている。
それが、尾崎さんの件と関係しているのかはわからないけれど。


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