不本意ですが、異世界で救世主はじめました。
 ジリアンはそういう彼女をじっと見ていたが、囁くようにして言う。

「……私に出逢ったことが良い思い出になるよう、願う」

 そして彼は微笑んだのだ。まゆこは驚いて口をぽかんと開けてしまった。

 高い身分で強大な魔法力を持ちながら、呪いによって半分以上を制限されている。

 そういう男の笑みは、声もなく唇がわずかに動いただけのものだったが、彼女の鼓動が大きく打つほど魅力的だった。

 静寂に満ちた笑みは、夕暮れ時にひどく似合っている。

 唖然と見つめるまゆこの視線の先で、ジリアンはすっと立ち上がった。彼女に向かって手を出してくる。

「腹が減っただろう? 晩餐にしよう」

「……そうね。すごくお腹が空いているみたい」

 考えてみれば半日以上何も食べていない。

 彼の手に捕まって、くいっと引き上げてもらう。一息で立った。ジリアンは彼女の手を掴んだままで歩き出す。

 優しさで伸ばされた手だと感じるから振り払えない。

その手の優しい感触に反して、ジリアンは厳しい横顔を見せていた。思いつめたような貌。
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