恋のかたち。〜短編集〜



「──ということで、明日は精一杯力を出し切りましょう」



と顧問の中川先生が優しく笑いかけて、ミーティングが終わるとすぐに部室から出ていった。

そして明日は応援とサポートにまわる1・2年生もそそくさと帰って行った。


残されたのは3年生のたった8人。

帰る支度をしているものもいれば、そのままずっと座っている者もいる。



「なぁ、柳瀬からは何かないの?」



少し重たく感じる空気の中、キャプテンでオールラウンダーの有島(ありしま)が口を開いた。



「何かって?」



と問うと、次は副キャプテンで司令塔の保科(ほしな)が答えた。



「エールとかかな?」


「あー、私からは特に何も」



もう何も伝えることは無い。



「なんでだよー。3年間一緒に二人三脚で頑張ってきたじゃん?」



次はお調子者だがチーム1正確なパスを出す山河(やまかわ)が会話に入ってきた。



「その言い方は少し語弊があるけど。まぁ信じてるし。うちのチームは絶対に優勝するって」



みんなの動きが止まる。

そしてみんなが私の方を向いた。

耐えられなくなって口を開く。



「あー、ごめん。プレッシャーかけた?」


「全然。むしろヤル気でた。ありがとう」



間髪入れずに有島が、そして



「そーだなぁ。柳瀬ちゃんにそこまで言われたらなぁ」



と山河が、そして



「明日頑張るかぁ」



と保科が言うと他のみんなも



「緊張してきた」


「大丈夫だって、明日は楽しもうぜ」


「そうだな」



と口に出しいつも通りの楽しい明るい雰囲気に戻った。


良かった。

と私は心の中で安堵した。



「じゃあ、俺は帰るわ。みんなも気をつけて帰れよ」


「じゃあねー。柳瀬ちゃん明日サポートよろしく!」


有島と山河は2人で部室から出て行った。

すると、次々にみんな部室を出て行き、残ったのは私と満坂だけになった。



「みんな。行っちゃったね」


「俺が遅いからかな」



私は部室の鍵を最後に閉めなければならない。だから、必然的にいつも最後までいることになる。

いつもは、みんなと帰ったり、最後に残っていた人と帰ったり。


最後に残る人は大抵努力家の満坂だった。

帰る方向も途中まで同じだからというのもあり、よく一緒に帰っていたな、と今になって思い出す。



「帰るか」


「うん」



外へ出ると、梅雨時の生ぬるい風が吹いていた。



「これで、最後になるのかな」


「何が?」


「満坂と帰るのも」



しみじみとした空気にならないよう、少し軽めに言った。



「明日優勝すれば、次がある」


「そうだね」


「何、緊張してんの?」


「そりゃあ、まぁ。ずっとみてきたし」


「そうか」



それから、満坂は黙ってしまった。



「柳瀬から」



満坂が分かれ道に着く少し手前で再び口を開いた。



「柳瀬から俺にエールとかないの」


「え。えーと…」


「いや、ないならいい」


「あの満坂が!」


「ん?」


「満坂は、あんなに下手だったのにいつも最後まで残って練習して終いには先輩を凌ぐほど上手くなって。チーム1努力しているのは私が1番知ってるから!だから、だから、明日。頑張って!…?」


「え。なんでそこで疑問形なの…ふっははははっ」



普段大声で笑わない満坂が隣で大声出して笑っている。

何か変なことを言っただろうか。



「だって、頑張っている人に頑張れって変かなって…」


「あー。もうこれで絶対明日優勝するわ」


「え?」



いつもの満坂に戻った気がした。



「元気もらえたから」



そういった満坂の横顔は夕陽に照らされて赤く見えた。



「じゃあ、明日な」



気づくともう分かれ道に着いていた。


満坂は右へ曲がった。

そして私は左へ曲がった。



「明日!」



後ろから満坂の声が再び聞こえて足を止めた。



「優勝したら付き合って!俺と。返事は終わったらな!」



後ろを振り向くともう満坂は前を見ていて顔を見ることは出来なかった。

その代わりに「もう引退かぁ」と独りごちる声が聞こえた。


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