初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 ジャスティーヌのノックに、父の『はいりなさい』と言う返事が直ぐに聞こえた。
「お父様、すぐに一緒にいらして」
 ジャスティーヌの言葉に、伯爵は『とうとうバレたか!』という驚愕の表情を浮かべていたが、ジャスティーヌは何も言わずに父の手を引っ張ってアレクサンドラとアントニウスがダンスの練習をしている広間へと父を連れていった。
 扉の隙間から覗くと、まるでジャスティーヌがもう一人いるかのように、アレクサンドラが優雅に踊っていた。
「なんと!」
 自分と練習をしていた時の惨憺たる状態との違いに、伯爵は簡単の声を上げた。
 何しろ、一度など同じ方向に進むはずが真逆に進み、足は踏まれ、バランスは崩れ、尻もちをついて床に倒れれば、上からアレクサンドラが降ってきたうえ、まさに体制は押し倒されたと言わんばかりの馬乗り状態。アレクサンドラも羞恥で顔を赤らめたが、伯爵もアレクサンドラを受け止めようとした腕でアレクサンドラを抱きしめる事になり、お互い顔を真っ赤にしてダンスの練習とは思えない、妙な緊迫感を感じさせられるひと時を過ごしたものだが、あれから数日しか経っていないというのに、アレクサンドラはまるで蝶の如く華麗にダンスを踊っていた。
「やはり、お父様が相手では、ダメでしたのね」
 ジャスティーヌの言葉に、何か反論する言葉を探そうとした伯爵だったが、確かに、自分との練習ではアレクサンドラをあそこまで一気に上達させることはできなかっただろうと、あきらめる他なかった。
 そんなことを考えながら、伯爵は『もしかして、アレクサンドラはアントニウス殿に恋しているのだろうか?』という疑問が沸き上がるのを伯爵は止められなかった。
「ジャスティーヌ、アレクサンドラは、アントニウス殿の事を・・・・・・」
 率直に『好意を抱いているのか』と聞いてしまえば簡単なのだが、娘とそういった色恋ごとを話すことに慣れていない伯爵は、顔を赤らめて言葉を切った。
「好きだという話は聞いたことはありません。どちらかと言うと、嫌いだという言葉はよく聞きましたけど」
 察しの良いジャスティーヌが、父の無言の問いに答えた。
「そうか、とにかく、ダンスは重要。このまま練習の邪魔はしないでおこう」
 伯爵は言うと、踵を返して書斎へと戻っていった。
 父がいなくなってしまうと、ジャスティーヌも恋人達の逢瀬をのぞき見しているような、何とも言えない恥ずかしさを感じ、扉を閉めて自分の部屋へと戻っていった。

☆☆☆

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