初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 アレクサンドラが教会に入ると、フェルナンド神父が驚いたようにアレクサンドラの事を見つめた。
「これは、アレクサンドラ嬢。もう社交界デビューまで日がないと伺っておりましたので、もうお見えにはなられないかと思っておりました」
「告解を・・・・・・」
 アレクサンドラが言うと、フェルナンド神父はアレクサンドラに告解室に入るように促した。
 アレクサンドラはドレスの裾をまとめながら、狭い告解室に入ると扉を閉めた。すこし間をおいてフェルナンド神父が中に入ってきた。
 薄暗く、ほんの一部が格子になっているだけの告解室は、フェルナンド神父が格子をずらして声をかけてくれるまで、アレクサンドラだけの静かな空間だった。
 やがて格子が開き、かすかにお互いの気配が感じられるだけの空間がつながった。
「神の前に、あなたの罪を告白なさい」
 何度も、何度も、それこそ毎日聞き続けた言葉だった。
「私は、罪を犯しました」
「神は罪を憎まれても、その罪を悔い、行いを改めようとするものを温かくお迎えくださいます」
 今日も同じ言葉が優しく告げられた。
 すべてを話してしまいたい。じぶんの愚かさゆえに招いた一族の危機。でも、この秘密は自分だけが懺悔して許されれば良いことではない。そう思うと、アレクサンドラは次の言葉を継ぐことが出来なかった。
「どうされました?」
 毎日繰り返された流れなので、フェルナンド神父が心配そうに問いかけた。
「私の胸は、罪の意識で押しつぶされてしまいそうなのに、それを口にすることが出来ないのです」
 いつもは長い沈黙の後『失礼致しました』といって教会を去るアレクサンドラがやっとの事で口にした自分の本当の気持ちだった。
「それは、誰かを守るためですか?」
 フェルナンド神父の問いに肯定すれば、神父はアレクサンドラの父、つまりアーチボルト伯爵が何らかの罪に手を染めていると考えるかもしれない。そう思うと、アレクサンドラは動揺した。
「・・・・・・違います。私を守るためです」
 秘密が知れれば、王室侮辱罪で間違いなくアレクサンドラは死刑になるだろう。それを想えば、自分を守るために話すことが出来ないというのが一番正しいのかもしれない。そこまで考えた途端、アレクサンドラは自分の中にあふれ出す言葉に気付いた。
「私は、ある方から求婚を受けました。でも、その方の気持ちを信じることが出来ず、その求婚をお断りしました。その方は深く傷つき、私の傍から去ると・・・・・・」
 自分でも何が言いたいのかわからない言葉が、次々とアレクサンドラの口をついて出てきた。
「求婚を断ることは罪ではありません。例え、相手の方がそのせいで傷ついたとしても、それは懺悔するような罪ではありません」
「でも、私はその方に離れていってもらいたくないのです」
「あなたに対する気持ちを信じることが出来なかったということは、相手の男性はあなたに対して誠実ではなかったのではないですか? それなのに、傍に居てほしいと思われるのですか?」
「あの方が私を愛していなくてもいいのです」
「では、なぜ求婚を断られたのですか?」
「わたくしが、あの方の妻に相応しくないと思ったからです」
 自分でも自分が支離滅裂な事を言っている自覚はあった。でも、今日に限ってアレクサンドラは言葉を止めることが出来なかった。
「私は神に仕えるもの。いまのあなたに適切な導きを与えることはとてもできません。ですが、ただ一つ申し上げられるのは、あなたは、まだ罪を犯してはいらっしゃいません。ですが、あなたの心の隙間には、悪魔が忍び寄る余地があります。正式に婚姻を交わしていない男女が肉欲によって結ばれることは神が最も憎まれる罪の一つです。そのことを深く心に刻んでおいてください」
 神父の言葉に、図書室でのことが思い出され、アレクサンドラは沈黙をして、承諾の意を表した。
 もし、あの晩、アントニウスが母の名に誓って指一本アレクサンドラには触れないという誓いを立てていなかったら、アントニウスは自分に触れたのだろうか? それとも、それでも触れずに紳士として、アレクサンドラがとった行為が間違っていると咎めたのだろうか?
 アレクサンドラがそんなことを考えているうちに、格子が閉まり神父が外に出て行く気配がした。
 アレクサンドラが告解室から出ると、フェルナンド神父が優しく微笑みかけてきた。
「神は常にあなたと共にあられます。いつでも、教会に足をお運びください」
「ありがとうございます」
 アレクサンドラは礼を言うと、待っていたライラと共に教会を後にした。
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