初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 ジャスティーヌがエントランスホールにたどり着いた時には、ロベルトはアレクサンドラを迎えるべくエントランスホールで待っており、ジャスティーヌを置いて殿下を迎えに出た両親と談笑していた。
 アリシアは別とし、王の私室、しかも賓客用サロンで催される私的なブリッジの集まりの常連であるルドルフはロベルトとも親しく、まるで叔父と甥のような気さくさでロベルトと言葉を交わす仲でもある。
 アレクシスに支えられ、今にも気を失いそうになりながらも、ジャスティーヌは一段一段階段を踏みしめ、ロベルトと両親の元へと歩み寄り、ゆっくりと優雅な物腰で膝を折ってロベルトに最敬礼をした。
「ロベルト殿下、アレクサンドラ・フォン・アーチボルトでございます」
 いつもより高いヒールのせいで体のバランスがうまく取れず、最敬礼はぐらつくような不格好なものとなってしまった。
「これはこれは、お初にお目にかかる。王太子のロベルトだ。お父上のルドルフ殿と我が父上は心の友、どうかあなたも堅苦しくならず、従兄のようにおつきあいください」
 豪奢な正装をしたロベルトは、重装備としか言いようのないアレクサンドラの姿に眉をひそめるというより、驚いたようだったが、笑顔は絶やさなかった。
 お辞儀を終え、ジャスティーヌが隣に立つアレクシスの腕に手を伸ばすのを見た瞬間、ロベルトはジャスティーヌの腕を捥ぎ取るようにして奪い、自分の方へと引き寄せた。
「やあ、アレクシス。今日の君はアレクサンドラ嬢のエスコート役ではなく、ただのお供と聞いているよ。悪いが、今宵は君お得意のお邪魔虫は控えて貰いたいね」
 辛辣な物言いに、ジャスティーヌは驚いたものの、強引に腕を引かれバランスを取り戻せない体はロベルトの胸に飛び込んだまま、その腕に抱かれてしまう。ギュッとロベルトの腕がジャスティーヌを抱きしめようとするので、ジャスティーヌは思わず声を上げてしまう。
「お許しください!」
 驚いて声を上げた瞬間、反対の手をアレクシスがぐっと掴んで引き戻した。
 振り子のように揺れて、ロベルトの腕の中から、強引にアレクシスの腕の中に引き戻されたジャスティーヌは、ほっとしたのもつかの間、再びロベルトに腕を引かれて今度は最初の時よりもしっかりと腕の中に抱きしめられてしまった。
「今宵の事は、すべて陛下がお決めになられた事ゆえ、今宵は私のお相手をしていただく。申し訳ないが、お供の腕にしがみついて私に恥をかかせるようなことだけはやめて戴きたい」
 最初の気安く従兄のようにと言うのが嘘のような厳しい語調でピシリと言われ、ジャスティーヌの中にあった優しいロベルト王子のイメージが壊れて行った。
「殿下、アレクサンドラはまだ男性に恐怖を抱いておりまして、どうか手荒な真似はなさらないでやって戴きたい」
 ルドルフの言葉に、ロベルトが笑顔を取り戻した。
「物事、多少の荒療治が必要なこともあります。アレクサンドラ嬢の男性恐怖症は、私が治してご覧に入れましょう」
 さわやかな笑顔を残し、ロベルトは困惑する伯爵夫妻の前からジャスティーヌを奪うように連れ去っていった。
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