初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 見合いの相手だけを指定されただけで、内容までは細かい指定がない事もあり、ここまでの舞踏会にエスコートするというのは、全てロベルトの考えで進められていた。しかし、王宮に戻らず、次の策のないロベルトは、公爵家の図書室に戻ってジャスティーヌとの幼き日の逢瀬を思い出していた。
「そうか、明日には花を送って、次のプランを立てなくてはならないのか・・・・・・」
 今晩の公爵邸での舞踏会で早々に決着をつけるつもりでいたロベルトには、次のターンの計画が全くなかった。それに、泣かせたまま、激しい誤解をさせたままジャスティーヌを一人帰宅させたことが心配で、眠る気にもなれなかった。
 つくづく考えれば考える程、自分の焦りがジャスティーヌを追い詰めたのだと、胸が張り裂けそうになる。純潔を疑われているなどと伯爵家の令嬢が思い込んだら、万が一の事だって考えられる。
 悲嘆にくれて所領の修道院に駆け込まれても困るが、世を儚んで自害なんていう事になったらと考えると、不安で眠気など足元にも寄り付かない。
 ロベルトは来客用の寝室を後にすると、図書室へと足を運んだ。
 大伯母である公爵夫人に邪魔をされるまで、ロベルトとジャスティーヌは時間を遡り、あの出会った日に戻っていた。後もう少し時間があれば、あの日図書室でジャスティーヌにプロポーズし、約束の口付けを貰ったことをジャスティーヌに思い出してもらえる筈だった。
 そこまで考えたロベルトは、ふと約束の口付けを受けるとき、背の低かったジャスティーヌがロベルトに口付けするために、こっそりと踏み台に使った分厚い書籍のことを思い出した。
「ああ、なんて本だったかな、確か、かなり分厚い本で、持ち上げるのも大変だった記憶がある」
 ロベルトは呟きながら、図書室を見回した。
 子供の手が届く下の段、踏み台になるんだから、厚さは多分、十センチを超えたはずだ。
 図書室を這いずるようにして探すと、誇りにまみれた『アイゼンシュタイン王家の歴史』という書籍が目に入った。
 そう、幼かったジャスティーヌも慎み深く、王家の歴史を記した書籍の上に靴で載るのをためらい、ロベルトがハンカチをかぶせてタイトルを隠して、ジャスティーヌは靴を脱いでハンカチの上に立ち、ロベルトの頬に約束の口付けをしてくれたのだった。
「そうだ、その後、ジャスティーヌは私のハンカチを洗って返すと持って帰ったはず!」
 ロベルトは口に出して言うと、埃まみれの本を抱え、足早で寝室へと戻った。
 備え付けのレターパッドに『この本の上にひいたハンカチをまだ持っていますか?』と上品な筆跡でしるすと、本の間に挟んだ。それから、別のレターぱにアレクサンドラの時よりも大きな白い百合の花束とこの本をジャスティーヌに届けるようにと記した。
 従者が控えている部屋まで行くのは面倒だったが、とにかく朝一でアーチボルト伯爵邸に届けさせるためには、背に腹は変えられない。
 ロベルトは丸太のように重い本を抱えて部屋を出ると、従者の部屋の扉を激しくノックした。
 ノックの音に飛び起きたらしい従者がすぐに扉を開けた。
 急いでいたのだろう、着替えを持ってこなかった従者はズボンにシャツを羽織り、とても王太子の前に姿を現すには相応しくない姿で扉を開けた。
「で、殿下?!」
 尻上がりの悲鳴のような声で叫ぶと、従者は慌てて礼を取り控えながら必死でボタンを止め始めた。
 それも仕方のないことで、ロベルトはくつろげたとは言え、まだ礼服姿なのに、従者がベッドでぐっすりと寝ていたとあっては、侍従長に知れたら減俸どころか、王宮から放逐されかねない失態だ。
「申し訳ございません。殿下は公爵夫人と歓談された後、お部屋で休まれるとおっしゃられましたので、既にお休みになられたものと思っておりました」
 従者は、冷や汗を垂らしそうに緊張し、完全に眠気がさめたというか、これこそが悪夢といった表情を浮かべている。
「気にするな、このことを誰にも言うつもりはない」
「殿下のご寛大なお心に、感謝致します」
 それでも、従者は、平身低頭していた。
「こんな時間に悪いが、朝一の仕事を申し付ける。お前は、私を待たず、朝一で王宮に戻り、この指示に従うように侍従長に伝えるのだ。それから、この本と贈り物の花束は、間違いなく朝食の前までにアーチボルト伯爵邸に届くように手配するように、いいな?」
 指示書と本を受け取り、従者は再び礼を取った。
「私は、大伯母様とお話があるので、迎えは要らないと伝えておけ。いいな?」
「かしこまりました」
 伝えることを伝えると、ロベルトはきびすを返して自分にあてがわれた寝室へと戻っていった。

☆☆☆

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