初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
ベッドの中で昼食を食べたアレクサンドラは、ライラに手伝ってもらって身なりを整えると、南に面した自分の私室から北の棟にあるもう一つの私室に移動した。
 アレクシスの部屋が北の棟にあるのは、あくまでもアレクシスが伯爵家の跡取りではない事を世間に匂わせる意味もある。
 屋敷は南側に広大なと言えば聞こえがいいが、実を言えば無駄に広い庭が広がっており、伯爵夫妻の寝室も、アレクサンドラとジャスティーヌの部屋も南を向いている。しかし、アレクシスの部屋は、玄関のある正面に近い北向きの棟にある。
 アレクシスを訪ねる男友達がジャスティーヌの寝室の近くに寄ることができないように、そして、出入り口である正面玄関に近い事で、屋敷内をうろうろされないようにという、意味も兼ねている。
 つまり、対外的にみれば、遠縁のアレクシスですら、ジャスティーヌの寝室に近づけないのだから、同じ屋敷に住んでいても、二人の間に間違いは起きないということになる。
「こんなに、うちって広かったっけ」
 アレクサンドラは、全身が軋むように悲鳴を上げるのに耐えながら呟いた。
「もう少しでございますよ」
 ライラに励まされ、アレクサンドラは何とか部屋にたどり着くと、当初の読書をして過ごすという予定を変更し、そのままベッドに横になった。
 体のあちこちにある痣は見るのも痛々しいが、実際に存在をアピールするかのように絶えず痛み続ける。
 助けてくれたアントニウスの話では、鞍がズレ馬の背から跳ね上げられた自分を抱えるようにして助けたとの事だったが、もしアントニウスが助けてくれなかったら、命はなかったかもしれないと、アレクサンドラは思わずにはいられなかった。
 落馬した場所は森の中でも特に木々が道に面して密集している場所だったうえ、道の両側には段差があり、実際、アントニウスに守られながら、なんとか木に激突することを避けられたアレクサンドラ達は土と木の根の茂った高低差を転がり落ちた。あと、数メートルずれていたら、高低差は大人の背丈を越え、落ちるだけでも大けがになるほどだった。

「命の恩人をお迎えするのに、ベッドに横になったままでよろしいのですか?」
 ライラの言葉に、アレクサンドラは改めて、アントニウスは命の恩人なのだと思わずにはいられなかった。しかし、ライラは知らないが、アントニウスは命の恩人であると同時に、伯爵家を破滅に導くことのできる、危険人物でもあるのだ。
「アントニウス殿がいらしたら、お茶を運んでくれるだけでいいから。後は、僕がお相手をするから、ライラも下がっていいし、ジャスティーヌにも来なくていいと伝えて」
 アレクサンドラは言うと、いつもと違う殺風景な部屋を見回した。
「その事ですが、やはりお礼に伺わないのは失礼ではないかと、ジャスティーヌ様もご挨拶にいらっしゃるとおっしゃっていらっしゃいました」
 ライラの言葉に、アレクサンドラは上体を起こした。
「ライラ、ジャスティーヌには来なくていいと伝えて。いい、絶対にジャスティーヌを近づけないで」
 睨むようにして言うアレクサンドラに、ライラは仕方なく頷いた。
「確かに、この部屋にジャスティーヌ様が足を運ばれるのはよろしくございませんね」
「そうだよ。ご挨拶なら、お父様たちと一緒に玄関か、サロンですればいいんだからね」
「かしこまりました。そのように、お伝えいたします」
「あ、それから、母上から傍に居ろと言われても、僕から席をはずせと言われていると答えてね」
 いつもと違うアレクサンドラの様子に、ライラが心配そうにアレクサンドラの事を見つめた。
「お嬢様、何かアントニウス様と二人きりでお話でも?」
「まあ、そんなところ。大切な話があるから、よろしくね」
 アレクサンドラは言うと、再び横になった。
「少し休むから、いらしたら起こして」
 アレクサンドラの言葉に、ライラはベッドの上に横たわるアレクサンドラの体に布団をかけた。

☆☆☆
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