初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
丁寧にノックをして続きの扉を開けると、ジャスティーヌが文机に向かっていた。
「ジャスティーヌ、もしかして、お礼の手紙書けたの?」
 アレクサンドラが声をかけると、ジャスティーヌが振り向いた。
「かけたわよ」
「ねえ、ちょっと見せてくれない?」
「えっ?」
 ジャスティーヌは怪訝そうに首をかしげた。
「だってさ、女の子として手紙書いたのは、うーんと小さいころに、お父様の誕生日のお祝いの手紙を書いたのが最後だよ。いきなり、他人になんてなんて書いていいかわからないよ」
 アレクサンドラの言葉に、ジャスティーヌは納得したように、書いたばかりの手紙を手にアレクサンドラの方に歩み寄ってきた。
「アントニウス様宛の手紙はこれよ」
 差し出された手紙にアレクサンドラは目を走らせた。
 美しく流れるような筆跡で書かれた手紙は、うっとりとするような乙女なものだった。
「無理だ・・・・・・」
 読み終わったアレクサンドラの口から出たのは、その一言だけだった。
「無理って?」
「僕にはこんな乙女な手紙書けないよ」
「ただのお礼状じゃない」
「だって、美の女神の手から零れ落ちた花々を集めたような華麗なブーケだとか、繊細な香りにはどんな高価な香水よりもかぐわしいとか、そんな文章、どこから湧いてくるのさ」
 泣きそうなアレクサンドラに、ジャスティーヌは『今回だけよ』というとアレクサンドラの背を押しながらアレクサンドラを部屋に戻すと文机に向かって座らせた。
「まず、最初は簡単よ。親愛なるアントニウス様・・・・・・」
「どうしても親愛なるって書かなくちゃダメ?」
「これは、決まり文句なの」
「わかった」
 アレクサンドラは答えると、ジャスティーヌに言われた通り『親愛なるアントニウス様』と書いた。
「この度の素晴らしいプレゼント、突然のことで、大変驚きました」
「なんか、ジャスティーヌの書いたのとすごく雰囲気が違わない?」
「いいの、だって、アレクは会ったことないんだから」
「あっ、そうか。アレクシスとしてあってるから、ごちゃごちゃになっちゃうよ」
「気をつけないとダメよ」
「わかった。・・・・・・なんだっけ、この度のプレゼントだっけ・・・・・・」
 アレクサンドラは思い出し思い出し手紙を書き始めた。
「一度、遠乗りの折に、お目にかかっただけの私に、このような素晴らしい花束をお送りいただき、本当に驚いております」
「ちょっと、もう少しゆっくり」
 アレクサンドラは言いながら、必死にジャスティーヌの言葉を書きとった。
「あの折は、アレクシスが落馬し、大変ご心配をおかけしただけでなく、ご不興を買ったのではと心配しておりましたが、先日の舞踏会でも、粗忽物のアレクシスにも親しくしてくださり、姉のジャスティーヌからも、アントニウス様のお話は伺っております」
 書きとめながら、アレクサンドラはこの手紙を送れば、自分が書いたのでないことは一発でバレてしまうなと冷や汗を書いた。
「私の大好きな花がバラであることは、姉からお聞き及びになられたのでしょうか? 特に、このビロードのように美しい、真紅のバラが私は大好きで、よく両親が部屋に引きこもりがちな私の部屋に飾ってくれます」
 本当は、男装して遊び歩いてるんだけどねと、アレクサンドラは思いながら必死にペンを走らせた。
「窓際に飾ると、朝露をたたえた花弁が太陽の光を受け、わたくしの部屋を何倍も明るくしてくれます。いつか、わたくしもこの真紅のバラのように美しく着飾り、陛下に謁見し、正式に社交界にデビュー出来るのではないかと、最近、考えるようになりました。このバラとは違い、ずいぶん遅咲きですので、舞踏会でもお相手に困ることでしょうが、その折には、ご迷惑でなければ、ぜひ、一曲お相手をしていただければ光栄でございます」
 一瞬、美しく着飾ったし自分がアントニウスとダンスを踊っている姿が思い浮かんだが、そのイメージはすぐにどこかへ消えていった。
「何分、文を交わす友もなく、つたないお手紙となってしまいましたが、素晴らしいお花のお礼としてお納めいただければ幸いでございます・・・・・・。で、サインして」
 書き終わってサインをすると、レターパッドのインクがまだらになっていた。
「あれ、色がまだらだ」
「そうよ、休み休み書いてるから、インクがまだらだと、相手に一度に書いたのではないってバレちゃうから、これを見ながら一気に書き直して、それでサインして封筒に入れれば完了よ」
「ありがとう、ジャスティーヌ」
 アレクサンドラはジャスティーヌを抱きしめた。
「そうだ、こういう手紙が沢山載ってるお話があるの。恋愛小説だけれど、アレクには役に立つかもしれないわ」
 まさに、今のアレクサンドラは溺れる者は藁をもつかむという状況だから、恋愛小説は嫌いだの何だのと言い訳している暇はない。
「じゃあ、読んでみる・・・・・・」
 あまり気乗りはしなかったが、毎回ジャスティーヌに文面を考えてもらうわけにもいかなかったし、当然、この手紙を送ってジャスティーヌが文章を考えたとアントニウスに知られれば、次に会った時に何を言われるか、何を要求されるか、考えただけで恐ろしくなる。
「あとで持ってくるわ。私は、封筒の宛名を書いてくるから、頑張って綺麗に書くのよ。男の人みたいな大胆な文字はだめよ。アレクサンドラとして、淑女らしく書かないと」
 アレクサンドラの堂々とした文字を見てジャスティーヌは言うと、自分の部屋へと帰っていった。
 アレクサンドラは何度も書き直しを繰り返し、なんとかレディらしい文字の運びで文面を映し終わると、先に宛先を書いて準備していた封筒に入れて準備した。
 既に、ジャスティーヌの部屋の扉が何度か閉まる音が聞こえたので、ジャスティーヌはすでに手紙を出す手配をしてしまってるだろうから、アレクサンドラは呼び鈴の紐を引き、メイドのライラを呼ぶと手紙を言づけた。
「ジャスティーヌ様は、お手紙と一緒に農園の杏子で作ったジャムを一瓶添えるようにとおっしゃっていらっしゃいましたが、いかが致しますか?」
 ライラに問われ、アレクサンドラは言葉に詰まった。
 相手が女性なら、この貰い物のバラを一本添えてとでも、なんとでも対応できるが、相手が男となると、働く頭も働かない。
「て、適当に、ライラに任せる」
 アレクサンドラが言うと、ライラは仕方ないという表情を浮かべながら『かしこまりました』と言って、手紙をもって下がっていった。
 ぐったりと疲れたアレクサンドラは、そのまま倒れこむようにしてベッドに横になった。

☆☆☆
< 81 / 252 >

この作品をシェア

pagetop