大天使に聖なる口づけを
嬉しいような、気が咎めるような気持ちで、エミリアも曖昧な微笑みを顔に浮かべた時、窓の向こうの大聖堂のほうから、きゃあっという歓声が聞こえた。

「どうやらお出ましのようよ」
フィオナの淡々とした声と同時に、ぽっちゃり体型のミゼットが椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がる。

「どうしよう……私まだ全然準備できてない……!」
「いいから!早くっ!」
ミゼットのふくよかな腕を掴んで、マチルダは髪をふり乱して扉へと向かった。

その背中に目線は向けないながらも、声だけでフィオナが言い放つ。
「その必要はないわ。もうすぐここまでやってくる」

「えええええっ!」
目を剥いてふり返ったマチルダたちばかりではなく、エミリアも驚愕して思わず椅子から立ち上がった。

「そんなはずないわ。だっていつもは大聖堂の前でって……!」
焦るエミリアについと目を向けると、フィオナはエミリアにだけわかるような、どこか面白がっているふうの表情になる。

「そうね。でも今日はここまでやってくる。ほら……」
言葉の途中で窓の外に目を向けたフィオナにつられて、店の前の大通りに視線を巡らしたエミリアは、確かにそこを走り抜けていく淡い金髪を見た。
地面を揺るがすように足音を轟かせて、そのあとを追いかけていく華やかな女の子たちの大群も。

「そんな! ……だって……待って……!」
「もう遅い」
うろたえるエミリアに向かって、フィオナが無情な一言を投げかける。

その瞬間、マチルダとミゼットが開こうとしていた作業部屋の扉が、勢いよく反対側から開かれた。
「エミリア!」

凛としたよくとおる声と共に、部屋に駆けこんできた人物を見て、
「きゃあああああっ!」
黄色い歓声をあげて手と手を取りあったマチルダとミゼットにも負けないほどに、エミリアは驚いた。

「ど、どうしたの……ディオ……?」
そこにはリンデンの街の貴公子とも称されるアウレディオが、肩で大きく息をしながら立っていた。

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