先生と私の見えない赤い糸
課外授業:苦手な教師
 自分が推してるアイドルグループの話や、彼氏の自慢話にオシャレなことなどなど、いろんな話題で盛り上がる教室にいるだけで、楽しくて堪らなかった。

 今日はどんな話で、みんなとお喋りしようかなぁと考えていたそのとき。

「奈美っち、宿題教えてー! マジでさ、超ヤバいんだけどー」

「あ~私も私も。写させて」

 そんな友達の声に苦笑いしながら、机の上にノートを置いた。

「……奈美っち、これ白紙なのはどうして?」

「だって昨日手に入れた新刊を読むのに、すっごく忙しかったんだもん」

 肩を竦めながら、机の中にあらかじめ入れておいたお菓子の箱を取り出す。実はコレを使おうと、ちゃっかり計画を立てていた。自分の椅子の上に乗り、箱を左右に揺らして、腹から声を出す。

「はいはい注目! 3時間目の数1の宿題を写させてくれる、可愛いそこの君っ! みんな大好きグルコのチョコスティック1箱で、等価交換しなーい?」

 教室中に響き渡る大きな声で、必死にアピールしまくった。

「本当はアーモンドチョコのほうがいいけど、しょうがない。手を打ってあげる」

「やった! 交渉成立っ」

 窓側にいた真面目女子の傍に行き、ノートを写させてもらうことに成功した。

 そんなちゃっかり者の私の名前は、安藤奈美(あんどうなみ)。私立の女子高に通う2年生。本来なら小中高とエスカレーター式の学校に通っていたのだけれど、反抗期が芽生えた中学時代。

 その頃の父親は建設会社の社長をしていて、母親は反抗期の私のせいで叱られてばかりいた。そんな両親の姿を見ていると、自分の将来が不安になるばかりだった。

 そしてこのまま親のいいなりになって、エスカレーター式の学校に通うことへの不満が募っていき、中学3年でそれが爆発した。

『馴れあった友達よりも、外の空気が吸いたい』

 そんな無茶ぶりな理由だったけど、なんとか両親を説得。それなりに高い偏差値と、家のグレードが高そうなお嬢様が通うとされている女子高に外部受験する。努力の甲斐があり見事に合格。

 晴れて女子高生ライフを満喫しようと入学準備をしていたら、父親に数枚のコピー用紙を手渡された。

「ラインを引いてるコと仲良くしなさい」

 そこに記載されていたのは入学する生徒の一覧表で、名前のところにピンクのマーカーで数人チェックされていた。

(友達のことまで、親に口出しされてたまるかってんだ!)

 父親が部屋から出ていくと、すぐにコピー用紙を縦に引き裂いた。こんなもの、私に必要なんだから! という気持ちで、ビリビリに細かく破いてやった。

 高校に入ってからは女子特有の派閥を作ることなく、誰とでも仲良くして、たくさんの友達を作った。

 いつもの日常、いつもの生活――毎日楽しく過ごしている私に、突如としてトラブルが舞いこむ。

「うげぇ、また入ってるし……」

 友達と朝の挨拶を交わしてから自分の席に着き、恐るおそる机の中に手を突っ込んだ。指先にその感触が伝わってきて、心底げんなりするしかない。かれこれ本日で6日目である。

 差出人不明の、怪しすぎる手紙。ここは女子高であって、私は男子じゃない。

(もしやこれは、新手のイジメなんだろか……)

 その存在を友達に知られないように、素早く手紙を制服のポケットに押し込み、無表情のままトイレに向かって歩き出した。

「なになに、奈美さまへ。昨日の髪型は左側の一部がぴょんと跳ねていて、とても可愛らしかったですね。誰とでも仲良くしている姿を、私が独り占めしたいです……」

 トイレの個室に入り、文字を目で追うだけで、背筋がぞっとした。そして何気なく左側の髪の毛を触り、跳ねていないかをチェックする。

(今日はストレートに決まってる。ってどうでもいいんだけど)

 げんなりしながら手紙を元に戻し、個室から出て手を洗ってから、女子トイレから脱出した瞬間だった。

「とっ、ビックリした! 朝から存在感なさすぎだぞ。安藤」

「おはようございます、三木(みき)先生」

 出会い頭に学校で1・2を争うくらいに、逢いたくない教師と鉢合わせするなんて、本当についてない。

 二学年の限国を担当している教師、三木先生。どこかぼーっとしていて、授業中は必ず黒板に間違いをし、生徒からツッコミの入るいい加減な教師だった。

 髪型も天パなのか妙にぼさぼさしていて、長い前髪とメガネが一体化しているせいか、何を考えているのかが、さっぱりわからないヤツ。そこのところを踏まえて、『何か本格的にキモい』という意味を込めるべく、NHKというあだ名を密かにつけて、日頃から仲間内でバカにしていた。

「安藤、朝からトイレに駆け込むくらいに、具合が悪かったのか?」

(教師として心配するにも、デリカシーがなさすぎ。一応女子高生なのに)

「いえ、大丈夫です。失礼します」

 素っ気なく答えて、三木先生から逃げるように教室へ歩を進めた。

「今日は右側の髪の毛が、可愛らしく跳ねてるぞ」

 私としてはありえないセリフを、三木先生が後方で叫んだ。瞬時に跳ねた髪の毛を押さえつつ、慌てて振り返るとそこには例の手紙をひらひら揺らめかせて、トイレの前に佇む姿があった。

 スカートのポケットに無理やり突っ込んだ手紙が、三木先生とぶつかった拍子で落ちたことに気がつくも、すでに遅し。

「人気者なんだな安藤。独り占めしたいってさ」

「その網膜に焼きついた文字、今すぐに忘れて! 頼むから今すぐに忘れてほしい!」
「見かけによらずテレてるんだ、へぇ」

 三木先生の放ったその言葉に、内心頭を抱えた。この慌てふためく状態でいる私を、どうしたら照れているように見えるのやら。

「違うって! 困ってるんだってば! こういう手紙を貰って、ものすごぉく迷惑してるんだからね」

「そうか。その送り主、かわいそうだな。片想いか」

「えっと三木先生、ここは女子高なんだけど?」

 眉間にうんとシワを寄せながら言うと、わざわざ目を閉じて、私に向かってなぜか両手を合わせる。

「僕思うんだ。友達にしろ恋愛にしろ、片想いってあると思う。それが同性であっても、おかしくないだろう? しかも相手に迷惑をかけていることを全然知らず、毎日手紙を送っているなんて、健気でせつないよなぁって。南無南無……」

「三木先生、どうして毎日送られていることわかるの?」

「んー? なんとなく文脈からそうかなぁと思った。しかも、ねっこり観察されてるんだな。おまえのクラスにいる人物かもよ?」

 拝むのをやめた三木先生は、メガネのフレームを上げながら推理した。

「マジで? それって誰かわかりそう?」

 正直、こんなヤツには頼みたくなかったけれど、藁にも縋る思いで問いかける。

「もう一度、手紙を見せてくれないか? なんとなくだけど、筆跡に見覚えがあるような、ないような」

 なとなくというセリフが多い三木先生に、一抹の不安を抱きながらも、おずおずと手紙を渡してみた。

「あー、この漢字のつくりの書き方、独特だよなぁ。うーん……」

 一応、手がかりになると思って渡したというのに、さっきから渋い表情の三木先生。手紙の差出人を解き明かせるとは思えない様子を目の当たりにして、ダメだこりゃと諦めに似た気持ちが胸を支配する。

「三木先生、わかりそう?」

「悪い、わかりそうでわからん。他の手紙はないのか?」

 言いながら私の目の前に、大きな右手を差し出す。

(やっぱりこの教師、全然使えないじゃん!)

「悪いけどないよ。気持ち悪から読んだあと、学校の焼却炉に捨ててるんだ」

「そうか。じゃあここに載ってる漢字を使って、小テストして確かめてみるか?」

「えっ?」

 意外すぎる提案に、私は目を見開いて固まった。

「だっておまえ、すっごく困ってるんだろう?」

 手紙と私を交互に見ながら、ぽつりとつぶやく。しかも何気に、心配そうな顔をしていた。

「あ、うん。困ってる……」

「可愛い生徒が困ってる姿を、教師としては見過ごせないからな。今後送られてきた手紙を僕に寄こせ。小テストを作るのに使うからさ」

「わかった。小テストに使うなら、読まないで三木先生に渡すね」

 そう言うと、目の前でほほぅと感嘆な声をあげる。

「安藤って意外と真面目なんだな。ただのお祭り好きじゃないんだ」

(なんだよ、お祭り好きって。みんなとわいわいするのが、悪いっていうの?)

「私はただのお祭り好き野郎ですよ。短い高校生活を、自分なりに謳歌してるだけです。筆跡鑑定よろしくお願いしますね、三木大先生さま!」

 丁寧に一礼して、さっさと踵を返した。

 あんなのと関わり合いにはなりたくなかったけど、背に腹は代えられないのである。
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