先生と私の見えない赤い糸
見えない赤い糸
 3連休の間に、三木先生の家を訊ねようかと考えた。だけどあんなことがあった後だし、どうにもテレてしまってどんな顔していいかわからないせいで、間違いなく喋りたい言葉もきっと出てこないって思う。

 いつもみたいに三木先生を茶化すなんてことは、もう絶対にできないだろう。逢った瞬間にお互い気まずい雰囲気になって、視線を逸らしたりするかもしれないな。

 三木先生も「あー……」とか言いながら、照れながらボサボサ頭を掻いてるところが想像つく。

 そんな想像を、連休中に延々としていた私。

「きっと顔を見ただけで、思い出しちゃうよ」

 三木先生のぬくもり。三木先生の香り。三木先生の唇……。三木先生の――。

「あぁ、ダメダメ! 頭の中が、全部が三木先生のことしか浮かんでこないって、どんだけ重症なんだろ」

 こんな状態じゃ、学校でヘマをする恐れがある。ゆえに冷却期間ということで、逢いたい気持ちをガマンして家に引き篭もっていた。

 ――そして連休明けの清々しい火曜日。国語の授業で三木先生に逢えることをとても楽しみにしながら、弾んだ足取りで登校した。

(三木先生と両想い。みんなにそれがバレないよう付き合うのは大変だけど、先生と一緒ならきっと大丈夫。だって三木先生だから……って、朝からなに考えてるんだよ。もう! これじゃあ冷却期間がなかったのと、一緒じゃない。)

 机に突っ伏して、赤くなった頬を隠す。そんな自分自身に呆れ返ったとき予鈴が鳴って、教頭先生が教室に入ってきた。三木先生じゃなく、教頭先生の登場に教室内がざわつく。

「静かにしなさい! 三木先生が一身上の都合で休職したので、代わりに私が授業をする。どこまで進んでいるんだ?」

 一身上の都合で休職!? そんなの、なにも聞いてないよ。

「はいはーい!! 一身上の都合が気になって、授業が受けられませーん」

 いつものお約束で、一番前にいる目立ちたがりのクラスメートが、わざわざ席を立って質問した。

「まったく……。プライベートなことなんだが、三木先生は持病が悪化した関係で、東京にいる知り合いの医者に診てもらうことになったそうだ」

 持病!? そんな素振りなんて全然なかった。しかも東京って、ここからじゃ遠すぎる。

 もう逢えないの? 三木先生とせっかく……せっかく両想いになったのに、わかった途端にいなくなるなんて、そんなのヒドイよ!

 ふわふわしてた恋心という名の風船が、一気に萎んで落下していく。置いてきぼりにされた私の気持ちは、どうすればいいの?

 震える両手をぎゅっと握りしめながら、勢いよく席から立ち上がった。

「教頭先生、すみません! 朝から具合が悪くてフラフラするので、これから病院に行って来ます。早退させてください」

 怒りとか悲しみとか心の中に負の感情が、これでもかと溢れまくってたけど、思っていた以上に落ち着いて声を出すことができた。

「えっと、そこにいるのは安藤だったか?」

 教卓に置いてある座席表を見ながらまごまごしてる教頭先生を尻目に、さっさと身支度を整え、コートを羽織る。

「帰り支度がととのったので、病院に向かいます! さよなら」

 唖然とする教頭先生とクラスメートを一瞥し、逃げるように教室を出た。三木先生がまだボロアパートにいることを祈りながら、必死に通学路を走り抜ける。
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