先生と私の見えない赤い糸
課外授業:気になる教師
 今日は国語の授業はない。それゆえに今日届いた手紙を職員室に直接届けるか、あるいは偶然を装って、どこか別の場所で渡すか。それとも下校途中、三木先生のアパートに寄って、郵便受けに投函しようかなどなど、いろんな方法が私の頭の中で計画されていった。

「奈美っち、歴史のテキストでわからないトコあるんだ。悪いけど見せて~」

 クラスメートの声に、考えていたことがぱっと宙に舞って消えてしまう。

「見せるのはいいけど、戦国時代以外は結構穴だらけだよ。しかも、適当に書いてるところもあるしね」

 私は苦笑いを浮かべて机の上にテキストを広げ、空欄部分を指差していく。

「でもでも、私のより埋まってるところが多いって。写させてー!」

 喜んで向かい側に座り、テキストを広げるクラスメートを、頬杖しながらぼんやりと眺めた。

 窓から差し込む強すぎない日差しが、ほんのりと欠伸を誘う。三木先生から渡された本を昨日遅くまで読み込んだお蔭で、いい感じに寝不足気味だった。欠伸をかみ殺したせいで、涙目になったそのとき。

「あんどー、三木センセが呼んでるよ!」

 眠い目を擦りながら声のする方を見ると、廊下側の席にいるクラスメートが両手をぶんぶん振って、激しくアピールする。その横に佇む三木先生が、私を物欲しげにじーっと見つめた。

「奈美っちが昨日渡したノートを、わざわざ返しにきたのかもよ」

「あ、うん。ちょっと行って来るね」

 クラスメートの手前、さりげなく平静を装いつつ、机の中にある手紙の入ったクリアファイルを手にして、急いで廊下に出た。実のところ、気持ちがちょっとだけ重かったりする。

「隣のクラスで授業あったからさ。ついでに手紙の回収に来た」

「三木先生から来てくれるなんて助かっちゃった。手紙、この中に入ってるから」

 目の前にいる三木先生を、どうしても直視できない。それだけじゃなく、どんな顔していいかわからなかった。昨日見てしまったのだ、三木先生の秘密を。

「おー、手紙はこれで最後でいいぞ。漢字のテスト、いいのができそうだし」

「そう、良かった……」

「安藤なんか元気ないな、体調でも悪いのか?」

 訝しげな表情を浮かべながら顔を覗き込まれたので、思わず顎を引いて距離をとる。すると三木先生はその距離を維持したまま、眉間に皺を寄せた。

「安藤の目の下にクマ発見! さてはおまえ、本の読みすぎで寝不足だろ? いったい何冊、読み切ったんだ?」

「まだ一冊だけです。面白くて読むのが止まらなくて、つい――」

 読んだ本のことは言えても、プラスアルファがあったのは口にしにくい。

「面白いのもわかるがいい加減にしないと、体調崩すからな。急がなくていい。ゆっくり読みつつ漢字のテストに向けて、きっちり勉強をしておけよ」

 三木先生は大きな手で、私の頭をなでなでする。

(うー、聞いてみたい。プラスアルファの謎。聞いたからといって、へぇそーなんだ。で、終わってしまう感じのネタだとは思うんだけど……)

 上目遣いをしながら口を開きかけた刹那、背後からする足音が自分たちに向かってきたことに気がついた。その足音につられるように、三木先生は私を突き通して遠くを見る。

「三木先生っ、さっきの授業で、ちょっとだけわからないことがあったんですけど!」

 後方から呼ぶ声に振り返ると、隣のクラスの女子が生き生きした感じで、こっちに向かってやって来た。そして私を強引に押し退けて、三木先生の正面に立つ。

「んー? なんか、わかりにくいトコでもあったか。済まんな」

 言いながら女子に手渡されたテキストを、どれどれと呟いて覗きこむ三木先生。横に並んだ女子の目は、アンタ邪魔だよと言わんばかりで、明らかに敵視した視線を私にビシバシ飛ばす。

(こんな変人を想う、物好きな生徒もいるんだな。変だけど、基本的には優しいし……)

 そんなことを考えながら邪魔しちゃ悪いと思い、あえて声をかけず一礼して教室に戻ろうと歩き出した。

「あ、おいっ!」

 唐突に呼ばれたので振り向くと、三木先生がメガネの奥の目を細めながら、意味深に笑った。

「あんまり無理するなよ。わかったか?」

 わざわざ自分の目の下を指差しながら、注意を促した。

「はい、ありがとうございます……」

 三木ファンの手前、余計なことを言わないでおこうと考えて、ありきたりな返事をする。

(隣のクラスの女子さえ来なかったら、疑問に思ってたことを三木先生に質問できたのにな)

 昨日借りた本の中に一冊だけ、逆さまに本棚に収まっていた。その本の中に挟まっていた写真――それはディズニーランドのシンデレラ城の前で、今よりも少しだけ若い三木先生と、キレイというより可愛らしい女子が、仲よさそうに寄り添っていたツーショットだった。

『三木先生って、彼女いるんですか?』

 そう聞いてみたかったのに、なぜだか言えなかった。照れてしまったとかじゃなく、三木先生のキャラを考えると、間違いなく私に対して変なツッコミをするような気がしたから。

「さっきの女子といい、写真の彼女といい物好きだなぁ。スゲーを通り越して、感心しちゃう」

 肩をすくめながらひとりごとを呟いたタイミングで、耳に響くように予鈴が鳴った。

『あんまり無理するなよ。わかったか?』

 三木先生が告げたその言葉が、胸の中になぜだか残ってしまった。
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