春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「声が出ないから、迷惑だなんて思いません」


予想外の返答に、返す言葉が出てこなかった。
何の曇りもない真っ直ぐな瞳に、全てを見透かされていそうだ。


「不自由したこともあったと思います。嫌な目に遭ったことも。だからといって、声が出ればいいというわけではないと思いますよ」


紫さんの瞳の色が深くなる。血のつながりのない璃叶とは似ても似つかない深い闇色の瞳。だけど、その瞳の奥が似ているような気がした。
見た目ではない。人を真っすぐに見つめるところが、似ている。


「その声は武器にもなるのです。心無い言葉で人を傷つけることができる手段でもあるのですから」


そう言うと、紫さんは私の頭に優しく手を乗せた。
安心させるように、ポンポンとしてくれる。


「古織さん。会話というものは、声で言葉を送り合うことがすべてではないのですよ」


強い言葉と優しい温度に、目の奥が熱くなった。

どうして出ないんだろう。声を出すことすらできない私は…と、何度も自分を責めた。

けれど、紫さんは。

声がなくてもいいのだと言ってくれたのだ。
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