春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

わが身ひとつは

どれくらいの間、そうしていたのか分からない。

こうして男の人に抱きしめられたことなんて、今までなかったはずなのに。

どうしてか、彼がくれる温もりは目頭が熱くなるほど安心する。

何故なのだろうと思案に暮れているうちに、随分と長い間彼の腕の中にいた。


「……もう大丈夫だよ。あいつらが柚羽に危害を加えることは、もう二度とない」


彼の声が、吐息が、首筋に掛かってくすぐったい。

神苑の人たちに放っていた冷たい声とは違って、私へと贈られる声はとても艶やかで、優しくて、温かった。


「(い、づき…さん…?)」


音のない声で、彼の名前を呼んでみた。

結果は分かっている。私の唇から出た言葉は、空気を駆け巡ることなく消えているのだから、彼の鼓膜を揺らすことは出来ない。


「………ゆず、は」


気のせいでは、ない。私を抱きしめている維月さんの腕が、身体が小刻みに震えている。

腕の中に閉じ込められている今、彼がどんな表情をしているのかが分からない。

分からない。けれど、きっと、彼は。
< 258 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop