春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
ならどうして嘘を吐いたの、なんて。

言わなくてもわかる。

そっと触れられた指先から、全部伝わってくる。


維月は私から離れるために、嘘を吐いたんだ。

私のことを忘れたふりをして、そのまま遠くへ行くつもりだったのだろう。

普通の家庭で生まれ、普通に育ってきた私を、その世界に連れて行くわけにはいかないから。


「…意味わかんないよ」


噓、分かってる。

私の記憶が戻っていたのが誤算だったから、あなたは嘘を吐いたんだって。

思い出の場所に連れて行ってほしいと言ったのは、きっと、さいごの思い出作りだ。


「分からなくていいよ。分かろうとしなくていい。分からないままでいい」


私が大切なんだって、伝わってくる。

はらはらと落ちる涙が、あなたの代わりに訴えてくる。

鳥が空へ飛び立つように、彼の指先が離れた。

維月は私に背を向けると、屋上の扉へと歩き出す。

それが答えなのだと、言っている。


「わかんないよっ…!!やだよ、やだ、維月っ…!」
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