春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(────っ、)」


また、あの夢を見ていた。

琥珀色の瞳の男の人の夢を。

その名を訊いても、彼は答えてくれなかったけれど。


(……誰なの)


胸の奥がなんだか腫れたように痛かった。

煩いくらいに心臓が高鳴っているし、呼吸も安定しない。

頭の中から追い払ってしまおうと思い、ベットの外へと出たのに。

あの光景が目に焼き付いたように離れなくて、目に映ったもの全てが波打って見えた。


(支度、しなきゃ…)


ズキズキと痛む頭を押さえ、壁を伝い歩く。

洗面所で冷たい水を顔に掛けて、気分を転換させた。


だいぶ着慣れた制服。

リボン型のネクタイ。

ネイビー色のソックスを履いて、深呼吸をする。

鏡の前で笑う練習をした後、リビングへと向かった。


大丈夫。大丈夫、私は笑える。

何度も自分に言い聞かせて、把手に手を掛けた。


「おはよう、柚羽?」


「(っ……、)」


笑え、笑うんだ、私。

お姉ちゃんは、ただ挨拶をしただけだ。
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