ヒロインの条件

いろんなところがじんじんしていた。こんなこと初めてだ。
初夏の風がすぐ頭上の薄緑の葉たちを優しく揺らして、足音からは土の香りが漂う。
「キスしたい」
指を握る佐伯さんの手にほんの少し力が入った。私の中に経験したことのない衝動がこみ上げる。

引き寄せて欲しい。優しく抱きしめて欲しい。それからその唇で……。

ピリリリッと突然スマホがなって、ハッと我に返った。すぐ目の前に佐伯さんの唇があって、とっさに手を振りほどき後ろに飛び退る。佐伯さんとばちんと目があって、かーっと顔が赤くなった。佐伯さんは自分の耳たぶをぎゅっと引っ張ると、気まずい顔をする。

「で、電話を……」
「ああ」
佐伯さんはポケットからスマホを出し、着信を確認すると「え?」と眉をしかめた。

「……どうしたんですか?」
「別に、なんでもない」
やけにそっけない声でそう言わたので、胸がズキッと痛む。佐伯さん自身も自分の声に驚いたのか、取り繕うように笑顔を見せた。

「帰ろっか。いつのまにか山本さんもいない」
確かに山本さんは消えている。

「本当ですね、よかった」
私も微妙な雰囲気をごまかすように、努めて明るく答えた。

エレベーターに乗ると、二人黙り込む。私は自分の心臓がとくとくと鳴っているのに耳を澄ました。

これが、
この気持ちが、
好きってことなのかもしれない。
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