君に伝えたいこと
◇◇
「最近、模範生だよ、雪ちゃん。」
夕方に雪を連れ戻してから数日後、病院の廊下でバッタリあった河西先生が「なんかあった?」と話しかけて来た。
「ほら、回復もいつもより早いしね?脱走じゃなくて、ちゃんと許可を取って外に出る様にしているし…時間もちゃんと守ってね。」
最近の雪の変化は気が付いていた。少し前に比べて血色もよくなって、何より目に煌めきが宿っている。
…外出してたんだ。
俺が来る時間を避けて。
何となく『目的』が見え隠れして、気持ちがざわついた。
いけないとわかっていて、雪に内緒でこっそり後をつけてしまい来てしまった河原。
そこには、少し猫背な男と並んでスケッチする、嬉しそうな雪の姿があった。
しかも、いつもより少しだけオシャレをしてる…。
意識が少し遠のく感覚に襲われて、やっとの思いで息を吐き出した。
いつかはこう言う日が来るんだって覚悟はしていた。
雪は双子の姉で、俺は弟。
その関係はどんなに望んだって覆らない。
…良かったよ。
これで、生に対して投げやりだった雪も生き甲斐を見つけてさ。
薬も治療もちゃんと真面目に向き合って、どんどん元気になるでしょ?
張り裂けそうな気持ちが叫びとなってのど元を通り過ぎる直前、再び息苦しさに襲われる。慌てて、シャツの胸元を握りしめた。
見守ろう。
俺にはそれしか出来ないから…。
◇
退院しても、二人の関係は途切れることなく、定期的に会って一緒にスケッチをすると言う形で続いているようだった。
端から見てる印象だと、相手のヤツも多分、雪に気があって。だけど絶対に、触れない。手を繋ぐ事すらしない。なのに、笑顔で優しく包み込み、受け入れる。雪をちゃんと大切にしてると言うのが一目瞭然だった。
…俺はもう、お役御免って事、かな。
雪の事はあいつに任せておけばいい。雪だってそれを望んでるんだろうし。
自分の所在をどこに定めたらいいのかわからなくなって、フラフラする毎日。
昨日の事を思い出せと言われても何も思い出せない位に、何にも興味を持たずに過ごしていたと思う。
いや…そうする事でかろうじて自分を保っていたんだって思う。
何かを考え出してしまえば、俺の中では全てが雪に繋がってしまう。
その位…雪が好きだったから。
そんな日々が続いて約一年、丁度その日がやってきた。
出かけようとしてる雪の顔がいつもより赤い気がして「出かけんの?」と声をかけた。
「うん」と嬉しそうに笑っている雪はどことなく覇気が薄い気がして、起こった胸騒ぎ。
足取りも普通だし、端から見たら元気だと思う微妙な違和感。
不思議な事なんだけど、俺にはわかる。
今までも、倒れる寸前で病院に連れて行ってたのは俺だった。
症状が出る前に何となく感じ取れたから。
だけど、あの人に会いに行く今日、多分、本人に『行くな』と言っても無理だよね…。
あの猫背男といちゃついてる所なんて別に見たくないけど仕方ない。
散々悩んだあげく数ヶ月ぶりに河原まで後を付けて行った。
◇
久しぶりに目の当たりにした光景。
変わらず、嬉しそうな雪とそれを見る、あいつの優しい眼差しにギュッとシャツの胸元を握りしめる。
俺…一年経っても同じかよ。
目の前で楽しそうに笑う二人と俺の間に冷たい風が吹き上げた。
…帰ろ。
よく考えたら、ここから病院も近いんだし、そんなに心配する事もなかったんだよな、あいつが付いているんだし…。
そう心の中で言い訳をして二人に踵を返した途端だった。
目の前がグラリと歪んで一瞬真っ暗になる。
「っ!」
まさか!
「雪ちゃん!!」
振り返った時はもう、必死に叫ぶ猫背男の腕の中に蒼白の雪が倒れ込んでいた。
「最近、模範生だよ、雪ちゃん。」
夕方に雪を連れ戻してから数日後、病院の廊下でバッタリあった河西先生が「なんかあった?」と話しかけて来た。
「ほら、回復もいつもより早いしね?脱走じゃなくて、ちゃんと許可を取って外に出る様にしているし…時間もちゃんと守ってね。」
最近の雪の変化は気が付いていた。少し前に比べて血色もよくなって、何より目に煌めきが宿っている。
…外出してたんだ。
俺が来る時間を避けて。
何となく『目的』が見え隠れして、気持ちがざわついた。
いけないとわかっていて、雪に内緒でこっそり後をつけてしまい来てしまった河原。
そこには、少し猫背な男と並んでスケッチする、嬉しそうな雪の姿があった。
しかも、いつもより少しだけオシャレをしてる…。
意識が少し遠のく感覚に襲われて、やっとの思いで息を吐き出した。
いつかはこう言う日が来るんだって覚悟はしていた。
雪は双子の姉で、俺は弟。
その関係はどんなに望んだって覆らない。
…良かったよ。
これで、生に対して投げやりだった雪も生き甲斐を見つけてさ。
薬も治療もちゃんと真面目に向き合って、どんどん元気になるでしょ?
張り裂けそうな気持ちが叫びとなってのど元を通り過ぎる直前、再び息苦しさに襲われる。慌てて、シャツの胸元を握りしめた。
見守ろう。
俺にはそれしか出来ないから…。
◇
退院しても、二人の関係は途切れることなく、定期的に会って一緒にスケッチをすると言う形で続いているようだった。
端から見てる印象だと、相手のヤツも多分、雪に気があって。だけど絶対に、触れない。手を繋ぐ事すらしない。なのに、笑顔で優しく包み込み、受け入れる。雪をちゃんと大切にしてると言うのが一目瞭然だった。
…俺はもう、お役御免って事、かな。
雪の事はあいつに任せておけばいい。雪だってそれを望んでるんだろうし。
自分の所在をどこに定めたらいいのかわからなくなって、フラフラする毎日。
昨日の事を思い出せと言われても何も思い出せない位に、何にも興味を持たずに過ごしていたと思う。
いや…そうする事でかろうじて自分を保っていたんだって思う。
何かを考え出してしまえば、俺の中では全てが雪に繋がってしまう。
その位…雪が好きだったから。
そんな日々が続いて約一年、丁度その日がやってきた。
出かけようとしてる雪の顔がいつもより赤い気がして「出かけんの?」と声をかけた。
「うん」と嬉しそうに笑っている雪はどことなく覇気が薄い気がして、起こった胸騒ぎ。
足取りも普通だし、端から見たら元気だと思う微妙な違和感。
不思議な事なんだけど、俺にはわかる。
今までも、倒れる寸前で病院に連れて行ってたのは俺だった。
症状が出る前に何となく感じ取れたから。
だけど、あの人に会いに行く今日、多分、本人に『行くな』と言っても無理だよね…。
あの猫背男といちゃついてる所なんて別に見たくないけど仕方ない。
散々悩んだあげく数ヶ月ぶりに河原まで後を付けて行った。
◇
久しぶりに目の当たりにした光景。
変わらず、嬉しそうな雪とそれを見る、あいつの優しい眼差しにギュッとシャツの胸元を握りしめる。
俺…一年経っても同じかよ。
目の前で楽しそうに笑う二人と俺の間に冷たい風が吹き上げた。
…帰ろ。
よく考えたら、ここから病院も近いんだし、そんなに心配する事もなかったんだよな、あいつが付いているんだし…。
そう心の中で言い訳をして二人に踵を返した途端だった。
目の前がグラリと歪んで一瞬真っ暗になる。
「っ!」
まさか!
「雪ちゃん!!」
振り返った時はもう、必死に叫ぶ猫背男の腕の中に蒼白の雪が倒れ込んでいた。