異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「俺は若菜に押されっぱなしだな」

「お互いさまだと思うわ」

 私だって、彼の仕草や言葉に翻弄されているのだから。 

 彼の肩に手乗せて少しだけ身体を離すと、思ったより近い距離に内心ドキリとする。シェイドの琥珀色の瞳の中に燃えるような赤が映り込んだ気がした。

 情熱の、赤。それは私の期待が見せた幻覚かもしれないのに、目が――離せない。

「若菜……」

 掠れた声で名前を呼ばれて、心臓が壊れそうなほど高鳴る。吸い寄せられるように唇を寄せ合うと、そっと重なった。

「んっ……」

 想いを伝えてもいないのに、友人以上のことをしている私は罪深いのだろうか。

 彼と生きたいと思っているのは真実だ。けれど、どちらの世界で生きていくのかは選べていない。

 そこではたと気づく。少し前の私は絶対に元いた世界に帰らなくちゃいけないと言い切れていた。なのに今は断言できない自分がいる。

 彼の唇が何度も私の唇を吸うたび、心は生まれ育った世界よりもこの世界に引き留められる。この世界に残るという選択肢が自分の中で生まれていることに心底驚いていた。


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