異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「シェイド、今回は俺の負けだ。ここまで追いつめられるとは思わなかった。だが、つぎは俺がお前を窮地に立たせてやろう。それまで待っているといい」

 そう言ってバルコニーの奥へ歩いていくニドルフ王子。シェイドは「ここは任せた」と騎士たちに指示を出して駆け出す。

「任せてくださいよ」

 シェイドの前に立ち塞がる隠密を双剣で牽制しながら、アスナさんが答える。

「あんたも突っ立ってないで、王子を追いかけなさいよ」

 アスナさんと背中合わせになってレイピアを構えるローズさんが、広間の入り口に立ち尽くす私に視線を投げてきた。

「俺が王子までの道を開きます」

 いつの間にそばにいたのか、ダガロフさんが槍を構えて私の前に出る。

「皆さん……ありがとうございます!」

 私はダガロフさんに庇われながら、バルコニーを出たシェイドに追いつく。するとアージェがニドルフ王子を庇うように立っていた。

「若菜、俺の背から出るなよ?」

 前を見据えたまま私を心配するシェイドの横顔を見上げる。その瞳に映るのは確かな憎悪。彼にとっては家族を殺した相手なのだ。絶対に許さないという怒りを燃え上がらせているのがわかり、私は「ええ」と返すのが精一杯だった。

 私は緊張の面持ちで視線を前に戻すと、ニドルフ王子が意味深に笑う。

「お前が俺を殺さなければ、また大事なものを失うことになるぞ。例えばそうだな……そこの治療師のお嬢さんとかね」

「貴様!」 

 シェイドはサーベルを手に勢いよく地面を蹴る。疾風のごとく剣を振り上げたのを見て、私は咄嗟に叫んだ。

「殺してはダメ!」

 実の兄を殺すシェイドなんて見たくなかったのだ。なのより、血で血を洗うような真似はしたくないと宣言していた彼の信念が折れてしまう気がした。

 私の叫びが聞こえたのか、一瞬動きは止まるもそのままサーベルは振り下ろされてしまう。勢いは半減したとはいえ、まともに食らえばひとたまりもない。

 しかし、ニドルフ王子は目の前に立つアージェの黒装束を掴んで自分の盾にした。案の定、アージェの肩に深々とシェイドのサーベルが食い込む。

「ぐうっ……ああ……」

 その場に崩れ落ちるアージェには目もくれず、ニドルフ王子は他の隠密と共にその場を去る。

 私は呆然と自身のサーベルを見つめていたシェイドに駆け寄った。すると剣柄を握る彼の手がカタカタと震えているのに気づく。

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