異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。

 私、水瀬若菜(みずせ わかな)は終末期病棟に務める看護師だ。

 癌によって余命幾ばくもない患者が入院するこの病棟では、根本的な治療はほとんどしない。優先されるのは心身の痛みを和らげる緩和ケアにより、残りの時間を自分らしく生きられるように支えていくこと。それが主な私の役割だと自分に言い聞かせて、毎日のように失われていく命と向き合いながら働くこと九年。延命措置をして苦痛を長引かせるだけだとわかっていても目の前で息を引き取ろうとする患者を見ながら、助けたいと思ってしまう気持ちは消えない。そのたびに、死に慣れることなどないのだと気づかされる。

「二百三号室の湊(みなと)くん、最近食事量が少ないんですよね」

 後輩看護師が回診車に乗ったパソコンの画面を見つめながら眉尻を下げる。そこには食事量や排泄回数などが書かれたADL表が表示されており、三食とも一割程度しか摂れていないようだった。

「理由は聞いてみた?」

「それが、動いてないんだから食べられるわけないって、笑ってごまかされちゃうんですよね。水瀬先輩、理由を聞いてきてもらえませんか? 先輩だと、どんな患者さんも心を開くことですし」

 他人任せにされても困るのだが、私はよくこうして患者の本音を聞いてきてほしいと同僚から頼まれる。

 この病棟では一生に一度でいいから結婚式をあげたい、もう一度ウナギ丼が食べたい。そんな些細な願いも本人や家族の同意を得られれば、できる限りではあるけれど食事制限や行動制限に関わらず叶える。他ではありえないだろうが、終末期病棟というのは特殊な場所なのだ。

 しかし、本人が望んだ最期を迎えるためには患者の本心を知らなければならない。でも、死と隣り合わせに生きている彼らの心はガラス……いや、氷が張った湖の上を歩くように繊細で壊れやすい。死への恐怖や別れへの悲しみを感じないようにと、心を閉ざしてしまっている人ばかりだ。
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