笑顔の君は何想ふ
三章 多数決



「いいか、涼夜。お前はその目のせいで、嫌なものをたくさん見るかもしれない。でもな。そのかわりに、嬉しいものもたくさん見れると思う。考えてもみろ、自分を好きな人が、どれくらい自分のことが大好きか分かるんだぞ? 俺は涼夜が、その目を持っていてくれて嬉しいぞ? なんたって、俺がどのくらい涼夜のことを愛しているか伝わるからな」


 真っ白な病室で、父さんはか細い腕を僕の頭に乗せた。骨ばかりのその手は全然重くなくて、まるで小枝を乗せられているような気分だった。


「どんなときでも、強く、優しく、迷いなく、だ。この三つを守っていたら、涼夜の身に何かあっても、誰かが必ず助けてくれる。涼夜のその目は人を助けることのできる、すごいものなんだからな。人とちょっと違うぐらいで気にするな。皆違うからこそ、自分自身を大切にするんだぞ」


 そんなことを話す、父さんの感情円はとても薄くて、もう余命が長くないことを示していた。

 僕はただ、


「大丈夫、父さんはまだまだ生きられるから。僕がたくさん人助けする瞬間を見られるよ」


 そう言って笑うことしかできなかった。


 ***


 生まれたときから、心臓の位置に色の変わる円が見えていた。小学校に入学するくらいまでは、特に気にしていなくて、誰にでも見えているものだと思っていた。

 小学校に入学して、『それ』は自分にしか見えていないものだと知った。

 小学校中学年になると、『それ』は感情に応じて色が変わっていることに気付いた。同級生や担任、保健室の先生にも話したけれど、誰も信じてはくれなかった。唯一、信じてくれたのが父さんだった。父さんは驚いた表情で、『すごい目だ』、と言ってくれた。

 小学校高学年になると、『それ』は嘘を見抜けることが分かった。

 小学校を卒業する目前に、父が末期癌で入院した。そのとき、死が近い人は色が薄くなることが判明した。

 中学校に入学したときには、僕は『それ』に名前をつけていた。


 感情円──と。






 長いようで短かった小学校生活も終わり、僕は中学校に入学した。僕の通っている中学校は、四つの小学校が合併してできている。

 といっても、僕と同じ小学校の生徒が約半数を占めているので、友達作りに困ることもなく平穏な毎日を過ごしていた。


 感情円のことは、仲の良い友達を含め誰にも話をしていない。話したところで、中二病だなんだと言われるだけだから。

 幼い頃は他の人と違うこの目が嫌で仕方がなかったけれど、今はそうでもない。むしろ、便利なことが多くて感謝しているくらいだ。他人の嘘を見抜けるのは便利だし、ちょっとした女子の行動に、勘違いすることもないから。


「涼夜ー! 今日の昼休憩、隣のクラスのやつらとドッジボールしようぜ! 運動神経良いやつ探しているんだってさ!」


 登校して教室のドアを開くなり、名前を呼ばれる。

 ドアの前では小学校からの付き合いである拓也が、あまり話したことのないクラスメイトと一緒にいるのが目にとまる。そいつは僕達の小学校の次に、人数が多い小学校出身のやつだった。


 そいつ──黄瀬春樹は、体格が良くて言葉遣いも荒らっぽかった。物怖じしない性格で、入学してまだ一週間ちょっとしか経っていないのに、既にクラスのリーダー的存在となっている。


「ドッジボール? どうしたの急に」


 拓也に問いかけると、机の上に腰を下ろしている黄瀬が答える。


「二組のやつらがよ、明日の身体測定の順番をかけて勝負だって言ってきたんだよ」

「身体測定はさ、二クラス同時にやるって言ってただろ? それで、どっちが先に回り始めるか決めようぜってこと」


 言葉の足りない黄瀬の説明に、拓也が補足してくれる。一組と二組は身長の測定からだ。それ以降は自由に回れるけれど、混雑を防ぐために一番始めだけ決められている。

 ドッジボールで勝った方が、先に測定をする取り決めらしい。先に測定したところで、そこまで時間は変わらないと思うけどな。

 クラス対抗っていうノリを楽しんでいるのかもしれない。


「あんな面倒なもん早く終わらせたいだろ? だから、二組のやつらをぶっ潰す! 十対十でやるらしいからよ。今メンバーを集めてんだ。それも運動神経の良さそうなやつをな」

「で、俺が誘われたんだけど、後二人足りないって黄瀬が言うからさ。涼夜を推薦したってわけ」

「一色、やってくれるよな?」


 断られることなど考えていないのか、黄瀬の感情円は自信に満ち溢れている。別に暇だからいいけどさ。


「じゃあ参加はするよ。でも、あんま期待しないでくれよ? 球技はそんなに得意じゃないから」

「よし! これで後一人だな。他に誰かいるか?」


 僕が所属する一組は、全部で三十人だ。そのうち十七人が男子だから、後一人くらいはすぐに見つかるだろう。


「あいつは? 明石だっけ? ほら、山陽小学校の」


 教室の隅で本を読んでいる男子を拓也が指差す。賑やかな教室で一人本を読む明石は、中学一年生にも関わらず既に百七十近い身長と、校則ギリギリまで伸ばしている髪型が特徴的な生徒だった。

 明石が通っていた山陽小学校は、一学年で二十人ほどしかいない小規模な学校だ。このクラスには、明石以外に山陽小学校出身の男子生徒はいない。


「背も高いし、足も早かったじゃん」


 昨日、一年生の全クラスが持久走以外の体力測定をおこなった。僕の記憶が確かなら、明石はクラスで三番目くらいに五十メートル走が速かったはずだ。


「なら、あいつにすっか! おーい、明石!」


 教室のど真ん中を横切って、黄瀬と拓也は明石の席へと近付く。そんな二人を横目で見ながら、僕は自分の席へと座る。


「……っつうわけだからよ。頼むわ!」


 相変わらず断られることなど考えていない黄瀬だが、今回は断られそうだ。感情円が橙色だし。

 橙色は寝ていたり、何も考えていない人の色だ。大抵の人のデフォルトは橙色だ。そのため、日常生活で僕が一番目にする色だったりする。


 ほとんどの感情は何色なのかは把握しているけど、なぜその色なのかは未だに分からない。怒り=赤などはなんとなくイメージが湧くけど、デフォルト=橙は全くイメージが湧かない。僕が一番好きな色が橙だからだろうか。


「ゴメン。僕、ドッジボールは苦手だから……」


 予想通り断られたか。


「あ? 何でだよ。昼休憩暇だろ?」

「だって当たったら痛いし……」

「んだよ、それでも男かよ! もういいわ、他のやつに聞く」


 黄瀬の感情円が真紅に染まる。けれど、次に誘った人が参加してくれるのか、すぐさまデフォルトである橙色に戻った。

 結局その日のドッジボールは勝利し、黄瀬も喜んでいた。僕はもちろん、黄瀬も朝の出来事なんてもう忘れていたと思う。


 忘れたままだったら、どんなに良かったことか。
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