湖にうつる月~初めての恋はあなたと
すぐに着がえを済ませた相原さんが洗面所から出て来る。

いつもきれいに束ねた黒髪は寝起きのまま、化粧もしないままで私の肩を抱くと言った。

「お待たせ、さ、急ぎましょう」

泣きそうだった。なんとか涙を堪えられたのは相原さんがしっかりと私の不安を受けとめてくれていたからかもしれない。

相原さんの横顔を見つめながら、心の中で何度もお礼を言った。

だけど、父にもしものことがあったらどうしよう。

父の言うことを聞かず家を飛び出した罰が当たったの?

相原さんの運転する車で15分ほど走るとT大病院が見えてきた。

息苦しいほどに激しい鼓動を打っている。

病院の前につくと、相原さんは心配そうな顔で私を見つめた。

「一人で行ける?」

「はい、ロビーにお世話になってるおばさんがいるから」

「わかった。今日は1日家にいるから、何かあったら遠慮なく連絡して」

「ありがとうございました」

私は相原さんに深くお辞儀をすると、早足で病院内に入って行った。

こんな時、澤井さんがそばにいてくれたら・・・バッグの内ポケットに入っているスマホを掴む。

いや、まだダメだ。

こんな状態で澤井さんに連絡取るのは。

今澤井さんに頼るのはルール違反のような気がしてポケットから手を出し、顔を上げて山川さんを探した。

ロビーに並んだソファーから立ち上がって私に向かって手を振る山川さんを見つける。

「山川さん!」

その姿を見つけた途端、堪えていた涙があふれ出した。

「真琴ちゃん!」

山川さんもひどく疲れた顔をしていた。

きっとあの夜中の電話からずっと病院で待機してくれていたに違いない。

「本当にごめんなさい」

「謝る必要なんてない。とりあえず、ここに座って」

山川さんは私の手を握ったままソファーに座るよう促した。

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