湖にうつる月~初めての恋はあなたと
「なんなら俺が男ってものを教えてやろうか?」

「え?」

澤井さんが男を教えてるってどういうこと?

その響きにドキドキする。

「まぁ、そんないやらしい意味じゃなくてさ、男にもっと慣れろっていう意味。一対一の人間として俺と付き合ってみない?ってこと。そうすれば、もっと肩の力を抜いて、誰とでも恋愛を楽しめるようになるよ」

つ、付き合う?

いやいや、その言葉に動揺してはいけない。

だって、たった今言われたじゃない?女性に興味がない、って。

「そ、それは大変光栄ですけど」

「けど?」

「どういう風に付き合うんでしょうか?」

「俺を彼氏と思って君の好きなように付き合ってくれたらいいよ。俺も君を彼女と思って接する。ただ、男と女の関係一切抜きでね。そうすれば君も安心だろう?本当に好きな人にとっておかなきゃなんないことは結構たくさんある。まぁ、俺を谷浦さんの本命ができるまでの練習台にするようなイメージかな」

澤井さんが練習台だなんて!そんな大それたこと!!

「私みたいな地味で何もわからない人間の練習台だなんて、しかも澤井さんみたいなすごい人が彼氏役だなんて申し訳ないです」

首をすくめながら呟くように言った。

「ほら、それ」

その直後、彼の普段の柔和な声色が厳しくなる。

「いつも自信なさげな、自分を低くおとしめるような言い方。俺は好きじゃない」

急に叱られたみたいになってびっくりするも、澤井さんの表情はとても優しく柔らかだった。

「谷浦さんはちっとも卑下する必要なんかない。かわいいよ。今時お目にかかれないほど純粋で」

かわいいと言われた瞬間、顔にボッと火が付く。つぶらな瞳だけじゃなくて?

「それに、君はもっと自信持った方がいい。俺がその自信を取り戻してやるよ」

私の自信を取り戻す?

そう言った澤井さんの頬が少し緊張したように見えた。

「ごめん、なんだか俺えらそうだったかな」

「いえ、全然。私とのお付き合い、是非よろしくお願いします」

その整った横顔を見つめながら、気付いたら私はそう返していた。

澤井さんは、緊張していた頬を緩め微笑むと前を向いたまま頷いた。


こうして、お見合いが破談になった2人が、その日から付き合うことになった。

付き合うっていっても男と女っていうんじゃなく、人と人として。

私が女の自信を取り戻して、本命の彼ができるまでの練習彼氏。

本命・・・。

本命って?

ラジオからは昔好きだったラブソングが流れていた。


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