湖にうつる月~初めての恋はあなたと
「じゃ、こういうのはもっとゆっくりと時間をかけていここうか」

彼はすっと私から体を離した。

でも。

全然嫌じゃない。

澤井さんが私の頬に手を触れても、肩に腕を回されても。

ちょっと前までは男の人の手と手が触れるだけで恐くて緊張していたのに。

私の少し前を歩く澤井さんを見ていたら胸が締め付けられる。

なんだろう、この気持ち。

さっき繋いでもらっていた自分の右手に視線を落とす。

手、繋ぎたいな。

そんな気持ちが自然に沸き起こっている自分に驚いていた。それに・・・・・・。

気付いたら、彼の左手をぎゅっと握り締めていた。

「え」

澤井さんが驚いた顔で私を見下ろしている。

でも、すぐに微笑むと「忘れてた」と言ってその手を更に強く握りかえしてくれた。

ドキドキしてる。

だけど、とても胸の奥が温かい。

恋しい彼と手を繋ぐことがこんなにも素晴らしい世界を見せてくれるんだってことを初めて知る。

そして自分の気持ちが自然に前に押し出されるってことも。

澤井さんは車で私の家の前まで送ってくれた。

「次会える日はまた連絡するよ」

「はい」

運転席のウィンドウが閉まり、車は私の前から走り去っていく。

今度はいつ会えるんだろう。

私はいつも連絡待ちだ。

しょうがないよね。

澤井さんは仮彼氏で、私の恋の先生として付き合ってくれてるだけなんだから、忙しい彼の予定に合わせるのは当然のこと。

だけど。

去って行く車を見送りながら、今すぐにでも会いたいと思っていた。

< 54 / 158 >

この作品をシェア

pagetop