湖にうつる月~初めての恋はあなたと
その日、雨はなかなか止まなかった。

ランチはホテルのルームサービスをとり、リビングのソファーで映画を観た。

コメディ映画で、2人で顔を見合わせて笑った。

時々コーヒーを飲んで、雑誌をめくりながら「このレストランは一度行ってみたかった場所だ」なんて話しながら。

なんてことのない時間。

きっとこんな過ごし方は1人でだってできる。

だけど、2人で過ごしたらこんなにも楽しくて幸せで時間が止まってしまえばいいのにって思ってしまう。

誰かを愛し、愛する誰かと一緒に過ごす場所が自分の居場所だと感じたことは初めてだった。

自分の家以外の場所でそんな風に心穏やかに感じることのできる場所が存在するなんて。

夕方になってようやく雨は止み、うっすらとオレンジに染まりかけた空には大きな虹が架かっていた。

家に送ってもらっている車の中で虹を見ながら、いつまでもこの虹が消えませんようにと祈る。

消えないなんてことはないって分かってるはずなのに。

街から見える虹は暗闇と共に橋の根元から少しずつ消えていった。

車から降り、澤井さんにお礼をいいながら頭を下げた。

「父に話してみます」

彼は何も言わず、黙ったまま頷いた。



一緒に住まないか、って。

少しは澤井さんの気持ちが私に向いてきてるって期待してもいいんだろうか。

私はその気持ちを信じてもっと自分の思いを正直にぶつけてもいい?

藍色の空の下のほうにぽってりとした白い月が見えた。

大きく深呼吸すると、私は店の扉を開けて元気よく厨房に叫んだ。

「ただいま!」



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