湖にうつる月~初めての恋はあなたと
暗闇の中を走る澤井さんの車の助手席で揺られている。

まだ口の中には父のカレーの味が少し残っていた。

これでよかったんだろうか。

初めて、父の言うことに背いた。

父を傷付けるかもしれないとわかって、自分の気持ちを貫き通した。

澤井さんと一緒に暮らせる時間は僅かかもしれないし、しかも彼には忘れられない女性がいるのに。

だけど、自分の気持ちに正直になった時、澤井さんと一緒にいたいと強く思った。

フロントガラスに映り込む澤井さんのハンドルを握る手を見つめながら不安に押しつぶされそうになる。

それと同時に、初めて自分の殻を打ち破ったような清々しい気持ちも僅かに沸いている。

家を出る前に、父のことが心配で簡単に事情を説明し山川さんに電話を入れたら山川さんは敢えて明るい声で言ってくれた。

「お父さんのことは私に任せて!何も心配いらないわ。お父さんも気持ちが落ち着けばきっとまたすぐに真琴ちゃんの顔見たくなるだろうからその時はすぐに連絡するわ」

そして最後にこう言った。

「後悔のない選択は、きっと真琴ちゃんをこれから先も守ってくれるから大丈夫よ」

母代わりにいつも私と父を支えてくれた山川さんの言葉は、まるで母の気持ちを代弁しているかのようだった。

一歩踏み出した私の明日はどんな風に変わっていくんだろう。

不透明な明日だけど、澤井さんと一緒なら。

「大丈夫?」

澤井さんが前を向いたまま尋ねた。

「はい、多分」

「真琴にとってこの選択が間違いじゃなかったと言えるようにするから、俺を信じて」

彼が一体何を考えてるのかはわからないけど、なぜだか今彼を信じられる。

信じないと拠り所がなくなってしまうからかもしれないけれど。

「真琴にはいつも驚かされる。突然まさかというような言動をとるよね」

「まさか、こんな展開になるとは思いませんでしたか?」

「帰りの車に君を乗せてるとは思わなかったね」

彼はくすりと笑う。

「だけど、今日からそばに真琴がいてくれてると思うと嬉しいよ。年甲斐もなくわくわくする」

その言葉が本心なのかはわからないけれど、今は素直に嬉しく聞いていようと思った。


お互い複雑な思いや関係を抱えたまま、澤井さんと私の同居生活が始まっていく。
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