山猫は歌姫をめざす
「……そういう意味ではなく【君という個人】を気にかけてのことだと思うが」
「はい?」

意味が解らない、といった様子で、未優が留加を見上げてくる。

留加は息をついた。
少ない付き合いだが、慧一が未優のために動いていることだけは解る。自分の素性を調べ、契約を結んだのも、すべて彼女のためだろう。

未優は慧一が()していることを、一族のため、もしくは【貴重なイリオモテの女】のためだと思っているようだが、それでは説明がつかない。
本当に理由がそうであるなら、未優を“歌姫”に【するべきではなかった】はずなのだから───。

留加はそれを未優に伝えようとして、やめた。
いずれ彼女も気づくだろうし、何より慧一自身が望んでいないことを横から口出しするのは、はばかられたからだ。

「それより、少し音を合わせてもらっても、良いだろうか?」
「えっ……あ、うん。留加が、いいなら」

突然の申し出に驚きつつも、未優はうなずく。

今日から留加は、正式に未優のための“奏者”だ。
その事実に未優の胸は高鳴ったが、それ以上に彼女の胸の鼓動を速めたのは、『禁忌』のために用意された私室だった。

「あ……じゃあ、防音室で」
「あぁ。ヴァイオリンを持ってくる」

言って、留加は自分の部屋に入って行く。
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