神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
しどろもどろになる咲耶の前で、特に気にした風でもなく、布団のなかの袿を取り出し、身にまとうハクコが抑揚なく告げた。

「あ、ありがとう……」

咲耶は、ともすれば冷淡に思えたこの青年が、実は優しい心根の持ち主なのかもしれないと、考えを改めかける。

だが、

「なぜ、そこで礼を言う? お前の涙が私の被毛を濡らした。私は、それが不快だったのだ」
「──ああ、それは……ご迷惑をおかけしました」

やわらかな被毛に頬を寄せて寝ていたのも、ついでに思いだした。
自分の涙のせいで気持ち悪くなったと言われ、咲耶はハクコの評価をふたたび『冷淡な男』に戻す。

「そう思うなら、今後は私に涙を見せるな。不快だ」

障子に手をかけたハクコが肩ごしに言いきり、そのまま部屋を出て行った。

(なんか……カンジ悪い男。小トラの時のほうが可愛いげがあるんだから、人間に戻んなくてもいいのにさっ)

いーだ、と、咲耶はハクコの背中に、思いきり顔をしかめてみせた。




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