神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「赤イヌ。この先へ(・・・・)進めそうか?」

さすがに足腰にふらつきを感じた咲耶を支える犬の“眷属”に対し、虎次郎は自身の背後を示した。

「──……いやにまぶしい道だな。特殊な“結界”か?」
「そうだ。お前のような強力な物ノ怪は通れまい」

眼帯に覆われていないほうの目を細める犬朗に、虎次郎がうなずき返した。彼らの会話についていけず、咲耶は口をはさむ。

「なんの話をしているの?」
「……ここから先、(しろ)の姫君の御身は、私がお護りせねばならない、ということですよ」

気取った口調で虎次郎が応えるのを聞き、咲耶は顔をしかめた。
そんな咲耶を尻目に、赤虎毛の犬は、じっと虎次郎に視線を定めた。

「……あんたに咲耶サマが護れるのか? 襲う、の、間違いじゃねぇよな?」
「犬朗!?」
黒虎(こくこ)の“花嫁”くらいの器量()しなら考えるが……ふん、この程度ではな。俺が女に不自由していると思うか?」
「……衝動に、好みは関係ねぇだろ?」

咲耶に保身がないと告げたはずの“眷属”の口からは、次々とよどみなく“国司”を(おとし)める発言が飛びだす。

咲耶は、自らが馬鹿にされている張本人なのも忘れ、隻眼の虎毛犬の真剣な目つきに息をのんだ。

犬朗のぶしつけな眼差しを真っ向から受けた虎次郎は、しかし、怒りではなく、軽口を受け流すように笑ってみせた。

「なるほど、一理あるな。だが、この女には切り札があるだろう? それも、とっておきの、な」

意味ありげな虎次郎に対し、犬朗がうなりながら自らの耳の後ろを乱暴にかく。

「──咲耶サマ。旦那、ちゃんと呼べよな?」

めずらしく強い語調で言いきって、器用に立てられた犬朗の前足の指が一本、咲耶の鼻先に突きつけられる。

「えっ? えっと……はい」

迫力に気圧され、思わず咲耶は素直にうなずいてしまった。

「話がまとまったところで──行くぞ、咲耶」

うながす虎次郎には応えず、咲耶は犬朗を振り返る。仕方なさそうに、咲耶を見送る“眷属”がいて。
咲耶はもう一度、うなずいてみせた。

「何かあれば和彰を呼ぶから、安心して」





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