神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
枝葉をかき分けて現れたのは、いつか出会った僧侶風情の男だった。
一瞬、また“結界”のほころびができて、迷いこんできたのかとも思ったが。

つるりとした頭部をあらわにし、小脇に抱えた編笠を持つ手とは反対の手を掲げ、咲耶に問うてきた。

「この紐に見覚えは?」

男の片手から垂れ下がっているのは、白と黒と金の色が彩なす組紐。咲耶が椿に、渡したものだった。

「椿ちゃんの……! なんで、それを──」

胸騒ぎに似た嫌な感覚をかかえ問いかけた咲耶の言葉をさえぎり、男がふむと相づちをうつ。

「あの娘御は、椿と申すのだな。
──さて、白い“花嫁”殿。ぬしは、『再生』の“神力”を遣う気はないと聞いたが、相違ござらぬか?」
「なに……? それが、なんだって言うの?
それより、なんであなたが椿ちゃんにあげた物を持っているの?」

男に対する薄気味悪さは変わらずあったが、咲耶のなかでは椿のことのほうが気がかりだった。
思わず男へと近づく咲耶を、たぬ吉が制す。

「さ、咲耶様! うかつに近づいたらいけません! この男……な、何やら臭います……!」

咲耶をかばうようにして前に立ち、たぬ吉は手の甲で鼻を覆った。咲耶の足もとで、転々が毛を逆立て牙をむき、威嚇(いかく)する。

「坊主の言う通りだよ、咲耶さま! こいつ……ヤな感じだ!」

男がのどの奥で、笑った。

「……はてさて、いかがしたものか。手荒な真似はしたくはないのだが」

物言いとは対照的に、男の大きすぎる眼が、咲耶たちを不敵に見据える。手にした編笠を、地に打ち捨てた。
次の瞬間、男のほうから、まがまがしい気が発せられた。──たぬ吉が、叫ぶ。

「転々さん、“影”に!」
「咲耶さまっ、いいっ!?」

許す──咲耶がぎこちなく答えた直後、咲耶の身は垂直に飛び上がっていた。
木の枝に絡まるように一回転したのち、枝もとに着地する。
見下ろす視線の先、咲耶の動きを読んでいたかのように、男はニヤリと笑い咲耶を見上げてきた。

「『物ノ怪』にその身を預けるとは。憑依(ひょうい)されることに抵抗がないと見える。よほどの物知らずか、馬鹿がつくほどのお人好しか……」
「て、転々さんっ。ここはボクが!」
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