神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(道幻が、和彰の……お父さん、なの……?)

不敵に微笑む道幻のなかに、いくら探しても、和彰の面影はない。
そもそも血のつながりというものが『神のあいだ』でどんな意味があるのかすら、咲耶には解らないのだ。

「──ふむ。我はこの世界では(・・・・・・)死した存在。いや、どこにおいても(・・・・・・・)か。

だが、いま論ずるべきはそこではないのではないか、サクヤ姫。
ぬしと我の力を合わせれば、より多くの迷える魂を救うことができる。
いざ、共に──」

咲耶の手を取ろうと伸びてきた道幻の片手が、見えない防壁に、はばまれる。咲耶を護る、白く輝く光。

驚いたように後退しかけた道幻は、何かを考えるように、そのギョロ目で一点を見つめる。自らのつるりとした頭をなでた。

「当代の白い“神獣”も、我を拒むと見える。つくづく……神と仏は、交われぬというわけか。
我を不浄のモノとする──ならば」

独りごち、道幻は自らの懐に手を差し入れた。取り出されたのは、小さな布袋。
思わず身構える咲耶の前で、道幻は袋から自らの手のひらに、白く半透明な玻璃(はり)の玉を落とした。

「清浄なモノとなれば、良いだけのこと」

指先でつまんだそれを、道幻は飲みこんだ。
ごくりと、男が嚥下(えんげ)する音がおぞましく、ようやく咲耶は口にするべき言葉を思い出す。

「いぬ……──」

しかし、咲耶の“眷属”への呼びかけは、そこで止まってしまった。
道幻に邪魔されたわけではない。呼ぶ必要が、なくなったからだ。

咲耶と道幻しかいなかった空間に、突如として現れた存在。冷徹ともいえるほど無表情な美しき面の青年が、そこにはいた。

「和彰……!」

(おそ)れを感じたのは一瞬のもの。
しばらくは会うことが叶わないと思っていただけに、咲耶の心と身体が喜びに満ちる。

──だがそれは、ほんのわずかな間だった。

嬉しさに涙ぐむ咲耶の視界のなかで、道幻が背後に立つ和彰を、振り返るか、否か。直後に咲耶は、赤いしぶきを浴びていた。

まるで道幻に見せられた、悪夢の続きのような出来事。和彰の長い指が、道幻の胸部を貫き、引き抜かれる。
まばたきもできない咲耶の眼前で、血へどを吐いてくずれ落ちる、黒衣の男。
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