神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(結局、愁月に直接訊くしかないってコトだよね)

和彰本人の記憶にないことで、これ以上、悩ませたくはない。咲耶はそう結論づけて、和彰を見上げ、微笑んだ。

「ううん。元に戻った和彰と、改めてちゃんと仲良くしたいなって、思っただけ」
「……そうか。私も、同じだ」

やわらかな微笑みが返されて、汚れなき瞳が咲耶を映しだす。

──黒い甲斐犬が、道幻の死を、自らの罪として闘十郎に申告した想い。赤い甲斐犬が、護ってやりたいと咲耶に告げた想い。

そのとき咲耶は、彼らの想いに同調するように、この白い“神獣”の“化身”を、傷つけたくはないと心の奥底から思ったのだった。





洞窟内に、気取った女の高い声が反響した。

「白いトラ神よ。魂が器から離れていられる刻限は短かろう。いくら“神獣”といえども、只人との違いは、そうはないはず」

闇向こうに消えたはずの猪子のものだ。あわてて立ち上がり身繕いをする咲耶に、姿を現した女が笑う。

「無粋な真似をと嘆かれるでしょうが、これもわたくしの務め。咲耶殿、悪く思わないでくださいましね?」
「いえ、そんなっ……」

身のうちに二つの人格でも宿すかのように、猪子の口調と声音は和彰に対してと咲耶に対してとでは、まるで違う。
そんなシシ神の女にとまどう咲耶に、金色の輝きを放つ一本の稲穂が差し出された。

「カカ様から、白い“花嫁”殿へ贈り物ですわ。……いずれ必要になるはずのものだから、と」

意味ありげな笑みを浮かべる猪子の言葉に、咲耶は首をかしげる。

「私に……ですか?」

普通の稲ではないのは分かるが何に対して必要なのか(・・・・・・・・・・)が、さっぱり見当がつかない。
猪子の態度からは咲耶への親切心しか窺えず、咲耶はおずおずと受け取った。

「『使い方は、賀茂家の者に訊けば分かる』とも、おっしゃっていましたわ」
「……愁月さんに?」

複雑な想いで問い返せば、すでに終わった話のように、短く相づちをうたれる。

「えぇ。──さぁ、現世(うつしよ)までお送りいたしましょう」
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