神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《六》咲耶、お前に逢うためだ。

霜月の家からの帰り道は行きとは違い、車のヘッドライトとおぼろげな街灯だけにも関わらず、咲耶に不安をいだかせることはなかった。

山道を抜け、整備されたアスファルトをタイヤが滑り始める頃、ふと咲耶は、霜月の先ほどの言葉を思いだす。

(あれ……話があるって、言ってなかったっけ?)

帰りの車中、咲耶のほうが一方的に霜月の家のことや兄たちのことを振り返りつつ話していた。
それに対し霜月が簡潔に応えるという、いつもの図式だったのだが──。

霜月に両親は居ないらしい。
実質、貴たち兄二人が霜月の家族となるわけで、その彼らに「よろしく」されたせいで、妙に気分が浮わついてしまったのだ。

(私がペラペラ話しすぎたせい?)

押し黙って、しばらく霜月の出方を窺う。
前方に視線を向けたままの端正な横顔は、切り出すタイミングを計っているようには見えない。

(というより、何か……考え中?)

急に咲耶は、自分ひとり盛り上がって話しかけていたことが恥ずかしくなった。

霜月の反応の悪さはいまに始まったことではないが、そういえば咲耶が貴や朗に自分のことを話している辺りから、霜月の口数が極端に減っていた気がする。

(何か気に障るようなこと言ったかな……?)

霜月の地雷を踏むようなことを。

咲耶があれこれと思い悩むうちに、霜月の車は咲耶の勤め先だった洋菓子店『ショパン』の駐車場にたどり着いていた。

(…………明日から、職探ししなきゃな)

()洒落(じゃれ)た店の外観を横目で見ながら、忘れていた現実を思いだす。

「あの……今日は、ありがとう。
お店クビにされちゃって、他にもちょっとアレなことがあったんだけど、お兄さんたちと話せて良い気分転換になったみたい」

実際、つかの間でも楽しい時間が過ごせたことには感謝していた。

「……そう」

素っ気ない相づちにも慣れてきた咲耶は、そこで改めて霜月の顔を見て礼を言う。

「きちんと言えなかったけど……私も、嬉しかった。霜月くんが連絡してきてくれたこと。だから……本当に、ありがとう」

言葉にするのは照れくさかったが、あとで伝えれば良かったと後悔するよりいいと、咲耶は思った。
霜月は、そんな咲耶を黙って見つめ返した。
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