神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
忘れえぬ故郷(ふるさと) ─後篇─

《七》神がつけた印

敵意とは違う、良くない感情が男から向けられていた。
あえて言葉にするなら、表向きは丁重に扱わなければならない厄介者を押しつけられた、といったところだろうか。

白河(しらかわ)一葉(いちよう)さん、ですよね? あの、私は」
「──助けて、お姉ちゃん」

和彰から聞かされた名前を思いだしつつ、自己紹介をしかけた咲耶の腰の辺りに、ドスンと衝撃が走る。
驚いて目をやれば、頭から血を流した少女が咲耶を見上げていた。

「ど、どうしたの──」
「離れろ」

ぎょっとする咲耶の側に、ボンネットの上をすべり越えた一葉が来て、少女の手を咲耶から無理やり引き剥がす。
ジュッ……と、何かが燃えるような音と同時に()えた臭いがした。

「いやあっ!」
「何するんですか!」
「──いいから、乗ってください」

一葉は、少女の悲鳴を物ともせずに咲耶を無理やり車に押し込むと、自分も素早く運転席に乗り込んだ。
いつの間にか外していたらしい眼鏡をかけ直し、車を急発進させる。

意味が分からず、咲耶は少女の様子を見ようと後ろを振り返った。

「ちょっ……、あの子ケガしてたのに、救急車呼ばなきゃ……!」
「やめてください。税金の無駄遣いです」
「は? 何言って……」

いきなりのことに動転しながらも携帯電話を操作しようとする咲耶を片手で制し、一葉がバックミラーを一瞥(いちべつ)した。

「地縛霊か。二葉の御守りは持っていないとみえる。あの“神獣”め……!」

舌打ちしそうな勢いの独りごとに、咲耶は我慢ができずに声を荒らげた。

「いったい、どういうことですか! 説明してください!」
「…………面倒くせぇな」

今度ははっきりと舌打ちをかました一葉が、溜息まじりに低くつぶやく。
いらだちも露わにアクセルを踏み込み、ハンドルを切る。

「ちょっと……!」
「黙って。舌をかみたいなら話は別ですが」
< 396 / 451 >

この作品をシェア

pagetop