神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
閉じられた玄関扉を、一度だけまぶたの裏に焼きつけ、咲耶は前に向き直る。

「咲耶。もういいのか」

思い残すことはないのかと。
言外に問いかけてくる低い声音に、咲耶は大きくうなずいた。

「うん。もう……行けるわ」
「……そうか」

夜風が短くなった和彰の髪を揺らし、過ぎ去っていく。
冷えた夜気を感じる前に、自然につながれた指先が咲耶の胸にある想いごとつつみこむ。

「……ねぇ、健と何の話をしたの?」
「お前のどこが良いのかと訊かれた」
「は?」

我が弟ながらしつこい奴めと、遠ざかる家の方向をにらみつけたあと、咲耶は和彰の話をうながす。

「それで? 和彰はなんて答えたの?」

ちらりと仰向いた咲耶に、和彰の真剣な眼差しが注がれる。

「お前という存在自体が、私にとって『良い』のだから、どこがと問われても困ると言った」
「…………ああ、そう」

純粋で迷いのない白き“神獣”の返答に、松元姉弟が二の句を継げなくなったのは、言うまでもない。



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