神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「わしは己の“役割”において、斥候は遣っても、仕留めるにあたっては“眷属”を同行させぬのよ。
……無用な争いは、避けたいからの」

ぽつりとこぼれ落ちた最後のひとことに、犬朗が気色ばむ。

「はぁ!? ナニ寝ぼけたこと抜かしてんだよ、ジイさん!
無用な争いってのは、いまこの瞬間、ウチの姫サマを追ってきてる、この事実を言うんじゃねーのか、よっ」

バリバリバリッ……と、稲光が犬朗の指先から放たれて、闘十郎を襲った。
瞬時に、ひらりと身をかわした闘十郎に対し、犬朗は距離をつめ、拳を叩きつける!
またしてもかわされた拳の先、じゅっ……と、髪が焦げる臭いが、咲耶の鼻をついた。

次々と繰り出される犬朗の打撃との間合いをとりながら、闘十郎が苦笑いを浮かべる。

「近ごろの若い衆は、礼儀を知らんのう。あいさつ代わりに、物騒な拳を見舞ってくるとは──」

言いかけた闘十郎の身体には、バチバチと音を立てて火花が絡みついていた──まるで、鎖のように。

「行け、黒いの!」
『任せたぞ、赤いの!』

短い会話が交わされ、咲耶の身体が、ふたりの横を風のようにすり抜ける。数秒後には、もう、咲耶をつつむ周りの景色が変わっていた。

が。

地鳴りが響いたかと思うと、足もとが大きく揺れた。

(……地震!?)

くるん、と。きれいに受け身がとれたのは、犬貴が“影”に入ってくれているからだ。
立っていられないほどの、直下型の震動。
だがすぐに、咲耶のなか(・・)で否定される。

『いえ……そうではありません、咲耶様。………………参ります』

いやな沈黙ののち、犬貴が咲耶の身体を操り、走りだす。

振り向き、戻りたい衝動にかられる心は、咲耶のものか、犬貴のものか。
同化が伝える互いの想いに、けれども咲耶の身体は、前へ前へと進み行く。
それが、この道を開いてくれた者たちへ報いることだと、知っているのだから──。





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