アシンメトリー
恋?
私が、あの人に出会ったのは、まぎれもなく13歳の春だった。
真新しいブカブカの制服を着た私は、母に連れられて新しい入り口をくぐった。
張り出されたクラスの組み分けを見つめながら、私はざわざわする列に並び、緊張しながら入学式を待っていた。
入学式が終わり、私は教室に移動して席に座ると、後ろに母の姿を見て安心したのを今も覚えている。
廊下をコツコツとあるく靴音と前のドアが開く音が聞こえて、全ての視線が集中した。
スーツをきたあの人が入ってきた時、クラス中が静かになった。
その張り詰めた空気と鋭い刃みたいにクラス中を睨む目付きと威嚇した態度。
私は、その空気とあの人に息を呑んだ。
きっと、あの人を好きなんて感情はこの時の私には全くなかった。
ただ凄く恐いという漠然とした印象と苦手なタイプだと思い、とても嫌いだった。

そして、何よりあの時の私には恋愛なんて程遠い話だったからだ。
ただ一日をどう面白おかしく過ごして、楽しくて平和な一日を過ごすかって事だけが頭の中の半分を占めていた。
それにそれなりに恋をしてきたつもりだった。
ただなんとなく同級生の誰かを好きになって、その恋がうまくいかなくても全く落ち込んだ試しもなかったし、悲しい感情が浮かばなかった。
きっと恋をしている友達の誰かの気持ちに同調して、一緒に騒いでいるのが楽しかったのだと思う。
それは本当の恋という感情とは、きっと違っていた。
その平和な感情を乱す嫌悪感の原因が、私があの人を目で追うきっかけだった。
私が見ていたあの人はいつも笑ってはいなかった。
張り詰めた空気を維持するみたいに、笑ったら何かがなくなってしまうみたいに。
そんなあの人を私はずっと見ていて思った。

「矢田先生ってさ、笑ってるの見た事ないよな?」

昼の休み時間に弁当を食べながら、教壇で誰とも喋らず弁当を食べているあの人を横目にそう言った。

「あんな顔で何も喋らんと同じ空間で弁当食べられてたら、緊張するよなー?なんか調子狂わん?」

そう私に尋ねた友達の言葉に、ふとあの人に視線を向けると、なんとなく目があったような気がして、すぐ視線を逸らした。

食べ終わると、何も言わずに仏頂面で教室を無言で出て行く。

毎日とてつもなく、私は何故か、その時間に緊張していた。

関わりたくないという気持ちと今まで私の中の空間を乱す事のなかった嫌悪感にも似た感情への興味、私の中であの人は、いつも私の視界に入る存在になっていった。
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