アシンメトリー
あれから何をやってもずっとやる気が出なくて、私にとって、無気力な日々が続いていた。
あの人と学校で毎日顔を合わせ、あの人の授業も窓の外に目線を逸らし、教科書には落書きをして意識をそらす。

私の気持ちも、私の時間もあの時の立ち止まったまま動く気配もなかった。

「なあなあ、かおる!」

ボーっとしている私に休憩時間に友達が話しかけてきた。

「次!家庭科で調理実習室やで!はよいかな。」

私は急いで椅子から立ち上がると、駆け足で調理実習室に向かった。

「今日は班に分かれて、お菓子作りをします。」

先生がそう言っても耳から通り抜けていた。

先生の話を聞いた後、すぐに横の班にいた友達が私に近づいてくると、「ってかさ、前言うてた好きかもって子に、今日作ったんあげたらええんちゃう?」と言ってきた。

「は?別に好きな子なんかおらんし。」

私はその言葉に強く反論した。

「そーなん?てっきり好きなんかなって思ったけど、勘違いか?」

そう言って、友達は自分の班に戻っていった。

授業が終わり、友達と教室に帰ろうとしていると、前を歩いていたクラスメイトの女子たちの会話が聞こえてきた。

「これ、矢田にあげへん?」

「え!なんで?」

「だって担任やしさ。あげにいこ!」

そう言ってそのクラスメイトの女子は駆け足で教室に入っていくと、お昼前でクラス全員の帰りを待っていたのか教室で1人ムスッとして座っていたあの人に調理実習のお菓子を笑顔で渡していた。

「お前らが作ったん?」

「そやで!」

「すごいな。ありがとう」

嬉しそうに満面の笑顔であの人はそれを受け取った。
すると、丁度教室に帰ってきて一緒にその様子を見ていた友達が、私に笑いながら言った。

「依田さん、ほんま可愛いし、おまけに優しいもんな。あれは、絶対、矢田先生のお気に入りやで?あの顔見てみ。」

私は、その友達の言葉に持っていたお菓子をぐっと握りしめ、ムッとした顔で一目散に席に戻ると、カバンの底に力任せにねじ込んだ

きっと、私が同じ事をしたとしても、あの人の顔をあんな笑顔には出来なかっただろう。

そう思った瞬間、急に一方的に自分だけが感じているこの気持ちが虚しくなった。

ただ、私はあの人の事を遠くから見つめて、あの人が誰かに向ける笑顔を見つめる。
何もせずにただ見つめて、ただ1人で静かに傷つき、心が潰れそうなぐらい痛くなる。

もう、何も考えたくない。

その日から私はあの人を目で追う事をやめてしまった。

その日、私の心の中の薄いキラキラした綺麗なガラスの様なものが、割れていく音が聞こえた気がした。

粉々に砕け散って、もう二度と元に戻ることはなかった。
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