副社長は花嫁教育にご執心

手を出さない理由



――私、とうとう設楽まつりになりました。

「うわー、その新しい名札、支配人みたいで緊張するんだけど」

お客様のまばらなアイドルタイム。

久美ちゃんとバックヤードで一緒に瓶ビールなどの飲料の補充しながら、エプロンの胸元で輝く、【設楽】のバッジを指さされて渋い顔をされた。

「しないでよそんなの、中身はへぼい野々原まつりのままだよ」

「でも、そのバッジになったってことは、正式に夫婦になったわけでしょ?」

「……うん。昨日、無事に婚姻届を受理してもらった」

昨日の日付は十二月二十日。それが私たちの結婚記念日になった。

「支配人って家ではどんな感じなの?」

「えっと……基本てきぱきしてるけど、たまに甘えん坊、かなぁ」

「うそー! 想像できない!」

うん、彼と知り合いになる以前の私も、想像できなかったよ。

久美ちゃんの驚きに共感しつつ、彼の素顔をちょっとだけ明かす。

「家事の苦手な私に代わって色々やってくれるんだけど、疲れるとちょいちょいスキンシップを求めてきて……ちょっと子どもみたいで可愛かったりする」

昨日も並んでテレビを見ていたら、『眠い』と言いながら肩にもたれてきて、そのままウトウトし始めた。

私の肩だと固くないかな?と思って、そっとクッションを挟もうとしたら、急に目覚めて『まつりの体温感じたいからこのまま』とクッションを投げ捨ててしまった。その時の肩の重みが、なんだか幸せで。


< 114 / 246 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop