副社長は花嫁教育にご執心
第七章
嫉妬にまみれて ~side灯也
その女が支配人室に来たのは、俺が岩盤浴のシステムトラブルを解消し、ホッとしながら一杯のコーヒーを飲んでいた時だった。
白いシャツに、黒のエプロンというシンプルな制服は、いつもまつりが身に着けているものと同じで、俺はひと目で椿庵の従業員だとわかった。
「お忙しいところすみません。私、椿庵でまつりさんと親しくしている、藤田久美と申します」
藤田久美……その名前を何度か頭の中で反芻し、思い当たる。
まつりがいつも、「久美ちゃんが」「久美ちゃんが」と嬉しそうに話している、彼女と同年齢の親切な同僚だ。
中年前後のパート従業員が多い椿庵では、若い社員が肩身の狭い思いをすることも多い中、まつりは彼女とお互いフォローし合い、頑張っているのだと聞いている。
「ああ、妻がいつもお世話になっています。それで、何のご用ですか?」
俺の問いかけに、藤田久美はなぜか思いつめたような表情になり、下唇を噛んだ。
「私、……どうしても、支配人のお耳に入れておきたいことがあるんです」
「なんでしょう。直属の上司を飛び越えてわざわざ私の元へ来るということは、なにか上司に言いづらい問題でも?」
「いえ、あの……仕事のことじゃないんです。まつりちゃんのことなんです」
その言葉に俺は意表を突かれ、大きく目を見開いた。
まつりが、なんだっていうんだろう。そういえば、今朝は少し元気がなかったように思えたけど……。