副社長は花嫁教育にご執心


店の外は寒く、コートを着ていても寒い。
普段あまり履かないスカートだから、特に足元が冷える。

タクシーを待つ間、堪えきれずに「くしゅん!」と小さなくしゃみが出た。

「……意外と女子だな。もっとおっさんみたいなくしゃみすると思いきや」

……失礼な。と怒るほどの完璧な女子でないのが痛いところだけど、まだほろ酔いで上機嫌のままの私はあえてそのノリに乗っかった。

「ぶえっくしょーい!とか盛大にやった方がよかったですか?」

「いや、その場合は他人のふりをさせてもらう」

「ちょっと! 妻が寒がってるのにひどい仕打ち!」

冗談を言い合っていると、ふと支配人がこちらを向き、奥二重の涼やかな瞳が私に固定された。

「……? なんでしょう」

「結婚のこと、お前自身も前向きに考えてくれてるみたいで安心した。ま、弟さんの件で義務的に受け入れたんだとしても、俺はうまくやる自信あったけど」

「そりゃ、まぁ……」

私はなんだか恥ずかしくなり、曖昧な返事をして口ごもった。

自分でも不思議なのだけど、好きでもない支配人と結婚することが、この頃そこまで嫌じゃない。

カツ丼の件以降も、たまに職場ですれ違った時に会話をすることがあって、支配人は「頑張れよ」とか、「疲れてないか」とか、基本優しい言葉をかけてくれる。

その最中は照れくさくて仕方がないのだけど、彼と会ったあとで仕事に戻ると、どうしてか体と心が軽くなっていて、パワーがみなぎっている。

この調子なら、結婚生活もうまくいくかも? ……なんて、さすがに単純すぎるかもしれないけど。


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