運命じゃない恋
懐っこい靴音は俺を追うのをやめた。
ピタリと。
次の日も、そのまた次の日も。
あの存在はやはり俺の幻覚の類であったのではないだろうかと思うほど。
凛と響いていた俺を呼ぶ声も、追いかけてくる靴音や気配も。
俺の聴覚に木霊するものと言えば…
「ひっ…うぁぁぁっ……」
耳障りな男の呻き声。
手に得る感触は骨をも震わせ肉を腐らせる程の衝撃と痛感と。
視覚には汚ったねぇ野郎の腫れ上がり苦痛に涙しながら歪んだ顔。
あとは……あか、アカ、赤…。
ぬるりぬるり指が滑り、自分の物か相手の物かも分からぬ鮮血に視覚が馬鹿になる。
追い打ちをかけるように嗅覚を刺激する血の匂いに興奮が増し、もっと衝動をと血が滾る。
……筈が。
臭え…。
鼻腔を貫く様に広がった鈍く鉛の様な匂いには吐き気さえ覚えかけて。
そんな不意な隙が出来ていたのだろう、今まで打ち崩していた相手が俺の身体に体当たりをかまし。
それによろけながらも体制を保ったというのに、更なる追撃に浴びせられたのは砂の粒て。
見事視覚を鈍らされそんな刹那にシュッと空を切って振り切られたのはフォールディングナイフらしい。
乏しい視覚と感覚を頼り、切っ先が頬を掠めた程度にかわせはしたものの、その一度で収まる反撃でもない。