君と恋をしよう
恋する夏の日
「藤木さん」

事務系の仕事をしてくれている女性社員に呼ばれる、うちは社内では役職名で呼ばないのが慣習だ。

「お茶どうぞ」

出してくれたのはお茶ではなくブラックコーヒーだが、まあいいか。

「ありがとう」

モニターから目を上げて礼を述べた、まだ20代の彼女は微笑む。

「クッキーはお好きですか? よろしければ」

そう言って小さな紙皿に乗ったアイスボックスクッキーをくれた。

「ありがとう、頂くよ」

彼女は笑みを深めて、会釈をしていなくなる。
入れ替わりに。

「藤っ木さん」

妙なリズムをつけて声をかけてきたのは田代だ、手近の椅子を引き寄せながら来て、僕のすぐ隣に座った。

「いいな、俺にもクッキー下さい」

いいとも言っていないのに、クッキーを一枚奪っていった。

「あーやっぱ手づくりっすね、形不揃いだし」
「ええ?」

言われてみれば厚さも不揃いで、縁についたグラニュー糖もまばらだった。

「つか、コーヒーは課のみんなに出してくれてますけど。お茶受け付きは藤木さんだけっすよ」
「ええ?」

さりげなく見回してみる、確かに係長には皿はない。

遠くで数人の女子が固まって、お茶を運んでくれた女子を突いていた。

「……うーん」

お菓子を出される事は度々あった、お土産ですとか、美味しいから買ってきました、とか言っていたけれど。
それは、いわゆるアピール、だったのか?

「コーヒーだって、藤木さんいないと出てこないですからね。あからさまっすよ、女子ー」
「……そうなのか」

だったらもっとちゃんとアピールしたらいいのに……小学生みたいなアピールされても対応に困る。

「んでも、萌絵ちゃんとうまくいってるっすよね?」
「うーん」
「うーん? なんすか、その情けない返事は」
「とりあえず、先週は全然会ってなくて」

会社の夏休みが重ならなかったのだ。

うちは土日を入れても5日しかない。そして彼女のところは盆休みプラス5日もあるので、実家に帰ってしまって、この一週間、会えていない。

土日に会えないのは初めてだった。

なんか。欲求不満。だ。

「電話くらいくれるかと思ったら、なくてさ」
「すりゃいいじゃないですか、藤木さんから」

そうなんだけどさあ……。

「あんま情けない顔してると、女子達が殺到してきますよ。藤木さん、避けきれますか?」

うーん、コーヒーにクッキー付くくらいなら、なんとか。
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