見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
ふたりの再会
秋も終わりを告げる頃とは思えない寒い日。俺は家の最寄駅である上社駅に降り立った。改札を通って外に出ると、身体が勝手に身震いをする。

(まだ11月だろ.... なんでこんなに寒いんだよ)

その寒さを確かめるように口から息を吐くと、見えたものは白い煙のようだった。いつも通りの風景、いつも通りの道を歩く。高校に入ってから何度も同じ景色を眺めながら登校、下校するのはそこまで面白いものではなかった。

寒さを少しでも和らげようとポケットに手を入れるが、いかんせん冬用のコートではない制服であって気休め程度にしかならない。日を追うごとに太陽が沈むのが早くなり、今日はついに町の灯りが目に入った。

この寒さの中、自然と足が速くなってくる。普段なら15分かかる道のりが、12分ほどで家に着いてしまう。

10階建てのマンションのロビーから6階の部屋へと向かう。家に入ると、キッチンかリビングにいる母親の声が聞こえてきた。

「おかえり~」

いつもと同じ、なんでもない日常だ。自分の部屋にバッグを置き、制服から私服に着替えてリビングに向かうと、珍しく父親がソファに座ってテレビのバラエティー番組を見ていた。

この時間なら、名古屋の某プロ野球球団の試合がやっている時間だが、残念なことに今年は最下位で早々にプレーオフ進出を逃している。プロ野球の試合が好きな父親は、シーズンが終わってからはしばらく愚痴をこぼしていた。俺も野球好きな父さんの影響を受けて時々テレビで野球中継を見ていた。というより色々あってストレス解消も兼ねてシニアで野球をやっていた。

リビングに入ってきた俺に気づいた父さんがおかえり~と軽いノリで言ったが、その後にとんでもないことを言いだした。

「おう涼磨、父さん本社復帰で東京に戻ることになった。家は前に住んでいた鎌倉だし知り合いもいるだろう。お前も3学期から神奈川の高校に転校するから自分の部屋を片付けておいてくれ」

(知り合いなんていても俺のことなんか覚えてるはずもないだろう...)

小学生の時の記憶が頭をちらつくが、もうそれは過去のことだと一蹴する。

父さんは外資系の企業に勤めているが、俺が小学生の頃に本社から名古屋の支社に転勤してきたのだ。

「それは流石に....いきなり過ぎないか?」

と口には少し否定的な空気を込めて言うが、関東に引っ越すことに異議はなかった。

「すまんすまん、まあお前は高校でうまくいってないみたいだしいいじゃないか」

痛いところを突いてくる。まあ確かに高校ではあまりうまくいっていないのだが。

ため息を吐きながらも分かったよと言って自分の部屋に戻る。

俺は無意識に人を突き放す発言が多い。自分でも分かっていながらこのザマなのだからタチが悪い。結局周りの人間は皆離れていってしまったのだ。

そのため、高校では友達がほとんどいない。そんな離れていかないのはノリが軽く鈍感でバカなやつだけだ。クラスに1人そういう奴がいたから、孤立はしなかった。そいつに心の中では少なからずも感謝をしているのかもしれない。

(はあ....今となってはただ情けないだけだけどな)

だからと言ってそのことを考えて笑みをこぼすのではなく、1度しばらく目を閉じて思い返していた。






新幹線のプラットホームに降り立つ。目の前には新横浜、と印字された看板があった。ホームから外を見ると、目の前にはホテルや飲食店、会社のビルなどが建ち並び、結構な賑やかさを形成している。

ふう、と一度息を吐くと、12月という冬の季節に相応しい真っ白な息が飛び出した。名古屋駅から1時間とちょっと、新横浜駅までの所要時間だ。俺は、スーツケースを片手に新幹線ホームの真ん中付近にあるエスカレーターに向かう。駅に到着したのは昼の11時過ぎだった。本来なら両親が一緒にいるはずなのだが、東京の親戚の家に挨拶をしに行くというので、終点の東京駅へとそのまま向かった。大人とは大変なものだ。そんなことしなくてもいいだろう、と思うがそうはいかないのが現実なのだろう。

(行き先は確か.....鎌倉駅か。)

何年かぶりの神奈川だ。土地勘があまり戻らない。いや、5年ぶりくらいだからまだ子供の俺にそんな土地勘なんてものはなかった。

キョロキョロしながらもまずは大船駅に向かおうと新幹線の改札と直結している横浜線のホームに向かう。持っている切符で大船まで行けると思ったのだが、"横浜市内"と明記されているので、鎌倉市に行くには別に料金を払わないといけない。

俺は小さな溜息をついて、もう一方の新幹線の改札に切符を入れて、ポケットの定期入れ中に入っているmanakaを取り出して在来線専用の改札の機械に通した。

横浜線のホームは新幹線のホームと交差するように位置している。ホームへと向かう階段を降りると、そこにはすでに"桜木町"と行き先が表示された快速列車が停車していた。

気持ち速足で電車に乗り込むと、昼間とは思えない混み具合であった。

(愛知じゃ昼間にここまで混むことなんてないのにな)

どちらかと言えば遅いローカル線に揺られてゆっくりと行くのが好きな涼磨にとって、人が電車内で犇めき合って忙しない首都圏の鉄道はイマイチ好きになれるものではなかった。

数分と電車に揺られると、間も無く横浜という自動放送のアナウンスが流れてくる。

(快速は流石に速いな)

時間の流れが少し違うのかもしれない、と内心薄く笑いながらも、到着して開いたドアから降車する。隣のホームに東海道線の電車が止まっていたので、それに乗って小田原方面へと向かうとそう時間はかからなかった。

(ここか......)

大船駅は、かなり大きな駅だった。東海道線、横須賀線、モノレールといった主要な路線が交わっている。

ここから横須賀線に乗り換えて鎌倉駅で江ノ島電鉄で和田塚へ向かう。

駅から5分圏内にこれから自宅となる家はあった。2回建てのよくある一軒家だ。

俺はあらかじめもらっていた家の鍵を取手の上にある鍵穴に刺す。ガチャッと音がして中に入ると、その中にはイメージ通りの風景が広がっていた。

(まあ、こんなもんか。)


自分の部屋は二階の部屋だと言われていた。その中には既に送った段ボールの山が積んであったが、ここまでの道のりで足に疲労感が襲ってきたので、ベッドに腰掛ける。

(高校入る前まではこの程度じゃ疲れなかったのにな。)

慣れない道を歩くといつもとは違う疲れを感じるなんてあることだ。俺はそんな情けなさをふと考えた理論で何処かへと押しやる。

(まあ.... 3日後から学校だし。3学期からとかにすればいいのに、中途半端なの嫌いなんだよ、面倒だな。段ボールはまた明日やればいいや...)

ため息を吐きながら、そんな絶対にやらない人が言う台詞を頭で反芻し、そのまま後ろに倒れ静かに目を閉じた。


< 1 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop