見上げてごらん、夜空に輝くあの星を
「なぁ、初詣一緒に行かないか?」

閑散としているRINEの会話で突然届いたメッセージはそんな言葉だった。

慎一が急に言い出したそんな言葉は、俺にとって考えにもなかったものだった。初詣なんてテレビの中の世界にあるもので、行くとしても元日から1週間が過ぎて家族と行くくらいなものだ。毎年テレビで除夜の鐘を鳴らしている無数の人々の姿が映っているが、好き好んで一人で行くほど肝は座っていなかった。

「いいね!賛成!」

既読がついたすぐ後に、春乃が真っ先にチャットで返信する。そしてその直後既読3とついて、メンバー全員の既読がつく。

「いいわよ、年越しを部活のメンバーとっていうのも悪くないし。賛成」

こうなったら断る術はない。まぁ今回は元々行っても良いと考えていたから関係ないけれど。

「涼磨はどうする?もう俺入れて3人は行くのに賛成なんだけど」

そのメッセージの直後に俺は当然といったように返信をする。

「俺も賛成だ。どうせやることもないしな。初詣っていうのも悪くないと思うしな」

「決定だな!じゃあ12月31日の夜10時、鎌倉駅前に集合な!」

鎌倉に住んでいる身として、もちろん鶴岡八幡宮は初詣をするのに最適な場所だ。鶴岡八幡宮には毎年大勢の人々初詣のために集まってきて、そこから一年をスタートさせる。テレビでも毎年放送されて、その人の多さに驚くが、今冬はその人混みに身を投じる年となりそうだ。

春乃も琴吹ももちろん異論はなく、それぞれOK!というスタンプを貼り付ける。俺はスタンプというものがイマイチ好きになれないので、「了解」と2文字のワードで返した。








「あれ、もうこんな時間か...」

12月31日。俺は毎年のようにテレビのバラエティ番組の年末スペシャル的な長時間放送を視聴していたが、ふと目を見上げてテレビの上にある時計を見ると、時刻は午後9時を回って長針がもうすぐ2の数字を指す頃になっていた。

(初詣の待ち合わせをしているからな。遅れないように行かないと)

時間をもう一度確かめるようにスマホの画面を一度目に入れつつ、座っていたソファから重い腰を持ち上げる。長時間ずっと座っていると、生気が座れて立つ気力が失われてしまうのだろうか。

どうしても「よいしょ」とおじさん臭く声を上げてしまう。ソファから立ち上がるときはいつもこんな感じだが、テレビの年末スペシャルなんかを見ていると自然に長い時間が経ってその声も一際力がこもる。


「おいおい、若いんだからそんな声出すなよ...ところで突然立ってどうしたんだ?トイレか?」

父さんがそんな風に呆れながら、俺の行動に疑問を投げかける。

「ああ、友達と初詣行く予定だから。これから行くんだよ」

「それは本当か?お前がまさか初詣に行くとはな。こういうこと興味なさそうなのに」

子供のように俺の顔を見ながら笑顔でそう話す。なぜかムカつくのは気のせいだろうか。

「うるさいな。じゃあ行ってきます」

「ちょっと待って!カイロ持って行きなさい。冬の夜は自分が思うよりも冷え込むんだから、そんな格好で行かないで、もっと厚着しなさい」

母さんがリビングを出て行く際にそんな風にお節介を焼く。

俺はそんなお節介にため息とともに応じる。

「わかってるよ。ちゃんと着ていくから、気にしないで。じゃあ、良いお年を」

おそらく、というか今年2人と会うのはこれが最後になるのは決定事項なのだからとそう言う。

「「行ってらっしゃい〜」」

そして二人のそんな声が重なり、俺の耳に届いてくる。俺はその言葉を追い風に、靴を履いて玄関の扉を開けた。












「あ、涼磨!こっちこっち」

集合場所である鎌倉駅前の広場に着くと、もう3人は集まっていた。やべ、遅れたか?と思って小走りで3人の方へ向かいつつスマホで時間を確かめると、時間は22:56と指していた。なかなかギリギリだし、こうやって待たせてしまったのは少し申し訳ない。いくら集合時間前だとしても、俺以外のみんながそこで待っているというのは、気持ちが良いものではない。2人でというのであればそこまで気は使わずに済むんだが。


「おう、ごめんみんな待たせた」

「こっちがちょっと早く来ただけだって、気にしないで!」

そう言ってもらえるとありがたいし、気が楽になる。そもそも気を重くすることではないが。

鶴岡八幡宮は鎌倉市、神奈川県どころか日本中から初詣のために人々が大勢訪れる場であり、鎌倉駅前は深夜近くにもかかわらず人がごった返していた。この時間としては異様な光景とも言っていいかもしれない。

「それじゃ、行こうか」

俺が先導するのもなんだとは思ったものの、誰かが言わないといけない気がしたので口を開いた。



目的地である鶴岡八幡宮は、近づくにつれて人混みが一層増した。

「すごい人だね...」

そんな光景を目の当たりにして、春乃が驚いたように声に出す。

「人混みに酔いそうだ....」

慎一も疲れたようにそう言うが、顔には疲れではなくワクワクというような表情が現れていた。

かくいう俺も、実はそんな感情が顔に現れているのかもしれない。手元に鏡がないので推察であるが。

「あ、見えて来たよ!」

春乃が指差す先には未知の真ん中に聳え立つ大きな鳥居。そこをくぐれば鶴岡八幡宮の本宮は目と鼻の先だ。鎌倉幕府より1番の厚い信頼を得ていた鶴岡八幡宮は、勝利の神などと呼ばれることもあるらしい。

鳥居を過ぎて参道をしばらく歩いていると、徐々に本宮の姿も大きく見えるようになり、両脇にも沢山の出店が出ていた。これも普段からすると異様な光景だ。この日の八幡宮は麓である鎌倉の町から見上げるといつもの何倍も明るく光って見えていた。

そしてまたしばらく歩くと、入り口とも呼ぶべきなのだろうか、大きな門が視界に収まりきらなくなり、やがて中へと足を進めていく。神社に入るときはなぜか身が引き締まる重いになる。なぜかと言うのはおかしいだろうか?

一歩が大きな階段を登って上まで辿り着くと、そこはもうアリの這い出る隙間もないほどの人々でごった返していた。

だからといってこの人混みを回避できる術など持ち合わせていないのだからそのまま列に身をまかせるしかない。そもそも後ろも人だかりで引き返す選択肢などもとよりないのだが。




數十分経っただろうか。ようやくその境内が目に入るようになり、お参りに来たと言う感覚が蘇ってきた。スマホを出して時間を確かめると、時間はすでに11時40分を過ぎるところにまでなっていた。

「やっとね....流石にここまで人が多いとは予想外だったわ...」

この人混みに絶句してほとんど口を開いていなかった琴吹が、やっとか...と言うように愚痴をこぼす。正直なところ、俺もテレビのアナウンサーが中継で陣取っていられるのだからそこまでではないだろうと思っていたが、読みが甘かったようだ。

11:50になろうというころ、ようやく順番が回ってきて、お賽銭を納めることができた。二礼二拍手一礼を済ませて1年間のお祈りをしようとするが、人混みに気をとられていて何も考えていなかった。後ろも詰まっているのだからと自分で自分を急かして考え付いたのがこの1つのお願いであった。

(今年も一年、何事もなく過ごせますように)

ありきたりすぎてはいるが、下手なお願いよりもよっぽどマシで、よっぽどしっかりとした願いだ。無病息災、これに勝るものはない。中には受験生とかが足を運び、受験の成功を祈っているのかもしれない。何年か後にはそれが俺へと回ってくるのかもしれないが、そうなったらわざわざこんな人混みに向かう必要はないからと地元の小さな神社にでも足を運ぶ。あ、でも勝利の神なんて呼ばれているのだから、受験に勝つ、自分に勝つというような意味合いを持って逆に良いのかもしれない。よくわからない神社(すみません)よりも自分にとってプラスになるのだろうか?

そんなことを考えながら3人を横目見ると、もう3人は終わったようで、こちらを見つめていた。

「あ、ごめん。行こうか」

俺は待たせたのではないかと小声でそんなことを呟きながら、小走りで列から外れる。

「「「「はぁ〜〜〜〜」」」」

肩から緊張が抜けたのか、そんな大きな溜息に似た声を漏らす。すごい人混みだったのだから、仕方のないことだろうと思う。俺もそんな感じになっているからよく分かるのだ。

「でもまぁなんとか目的は果たしたから良しとするか!」

よし!と気合を入れたような声を出しながら慎一が顔を思い切りあげる。

その瞬間、大きな鐘の音がゴーーーーンと響いて俺たちの耳に入ってきた。除夜の鐘だ。スマホの画面を一目見ると丁度12時を表していた。

「あ、除夜の鐘.....」

春乃がこぼすように言ったのを契機に周りもざわめき出した。

「明けましておめでとう!!!」

そう最初に言ったのは慎一だった。その言葉の後に続けるように俺たちも同じように返した。

「「「明けましておめでとう」」」

こうして俺たちの新しい年が、そして運命が大きく変わった一年が終わりを告げた。

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